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「夜のコンビニへ、何をしに来たんですか」

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PM9:12
28歳女性
購入品:500mlパックのイチゴ牛乳

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「見たら分かるでしょう、飲み物を買いに来たの。今?彼氏と会ってきた帰り。青山の地下レストランで、シチリア料理だったかな、を食べた。白ワイン、結構いい銘柄だったらしいけど。名前?忘れちゃった。

そのあと彼のマンションに行って、いつもと同じセックスをした。食事の途中から、そうなるんだろうなってわかってた。彼の背中は煙草とジンジャーエールの匂いがして、いつも噎せそうになる。どっちも私は好きじゃないの。みじめになるほど甘ったるい。

彼は、私のためなら何だってしてくれる。愛車のプジョーで迎えに来てくれるし、何の記念日でもないのにリングを贈ってくれる。もちろん食事代は全部払ってくれるし、あれがほしいと言えばすぐに買ってくれる。おかげで私は、会社の同期の誰よりも、良いものを身につけていられる。うらやましいってよく言われるよ。彼と結婚すれば、働かなくたって、エステや手芸教室に通いながら生きていける。勝ち組でいいねって、幸せだねって。最近、全然友達と会ってないな。

え?これから家に帰って何するか?

食べたものを全部吐いて、触れられた部分を全部洗うのよ。

好きでもない男と食べたもので体を構成したくないし、好きでもない男の匂いが染みついた体で寝たくないの。

今が幸せか?

幸せだったら、吐くためにイチゴ牛乳なんて買うはずないじゃない。馬鹿じゃないの?

幸せになりたいよ、私だって」


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PM9:30
27歳女性
購入品:砂肝、缶ビール1缶

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「もう誰でもいいや、聞いてください、私もうだめだ。誰も信じらんないや。もう無理だ。

…すみません、ティッシュありがとうございます。取り乱しました。でもちょっと、どうしようもなくなってしまって。

別に、もう二度と会う人じゃないから、聞いてもらってもいいですか?

さっきまで、マッチングアプリで会った人とデートしてたんです。アプリかよ、って思いました?今みんなやってますよ。出会いなんて待ってたら来ないですもん。私ももうアラサーだし、そろそろ婚活しなきゃと思って。実際こういうの苦手なんだけど、頑張るべきなんだろうなって…何人かとやりとりして、やっと、会っても大丈夫かもと思える人と出会えたんです。
チャットでは、好きなアーティストの話で盛り上がりました。本名も知らないのに、好きなものの話で意気投合してるのは変な感じだったけど、まあ普通に楽しいし、恋の始まりなんてこんなもんかあって。もっと話したいってことで、居酒屋で会うことになったんです。久しぶりに美容院に行きました。

でも、後悔しました。

私は彼のことを知りたくて、いろいろな話をしたくて会いに行ったのに、彼は、身体のことしか考えてなかったんですね。すぐわかりました。そういう空気って、否応なく滲んじゃうんですよ。ああやっぱりみんなそうなんだ、って思いました。でもそれが普通なんですよね。性的な接触はいらないから、ただ一緒にいてくれる人がほしいなんて、そんな自分が欠陥品なんだって思いました。思い出しました。

だから変愛は嫌いなんです。これまで、誰にも理解されたことなかった。当たり前のように誰かと付き合って結婚していく友達をみながら、私は孤独死するしかないんだって思ってました。でももしかしたらって、もしかしたら、わかってくれる人がいるかもって、思っちゃった。私が愚かなんですか?

わかってもらおうとするから傷つくんだとか、そういう正論いらないんですよ。わかってほしいと思うことのなにがいけないんですか?当たり前のように世間からわかってもらえる人たちにはわからないですよ。

ねえ、私ひとりで生きてくしかないんですかね。どうしたらいいんだろう。でも積極的に死ぬ理由もなくて。どう思います?ねえ?

誰かと一緒に生きなきゃ、幸せにはなれないんですか?」


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PM9:42
26歳女性
購入品:ロールケーキ2つ、キレートレモン1瓶

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「わ、びっくりした…なんですか?私?これから家に帰るところです。これ?一人で食べるんじゃないですよ、一つは彼のぶんです。今、同棲してる彼。

今日は残業だったから、こんな時間になっちゃいました。家事は分担制で、今日のご飯当番は私だったんだけど、任せちゃったな。まあ、このあたりは臨機応変なんですけど、このロールケーキは、ちょっとした気持ちです。

結婚ですか?……今はあんまり、考えてないです。結婚しても幸せになれるか、わからないじゃないですか。お互いまだまだ仕事がんばりたいから、子供も考えてないですし…。でも、こういうこと迂闊にSNSに書くと、女のくせに何言ってんだとか、人類が滅ぶとか、わけわかんないことばっか言われるんですよ。多様性多様性っていうわりに、生きづらい時代ですよねー。生きづらいって言葉も、なんか免罪符みたいで好きじゃないですけど。生きづらくたって死にたくたって、生きていかなきゃいけないじゃないですか。まあ少なくとも、死ぬまでは。

彼のこと?好きですよ。同棲を決めたのも、好きだからですし。もし別れても、彼と暮らせたってことは、いい思い出になるだろうなって思ったんです。そうでもなきゃ、同棲なんてできないですよー。こわすぎます、他人の人生と自分の人生が、おなじ屋根の下に詰め込まれるなんて。

え?ああ、今ちょっと酔ってます。時々ね、やるせなくなっちゃうんですよね。どうしても、結婚して子供がいる人たちのほうが、圧倒的に"守られている"気がして…。生き物としてただしいから、そうできてない私たちが、支えなきゃいけないというか。そういう空気をどうしても、感じちゃうことがあるんです。

最適な選択なんてできないですよ、人生1回目なのに。PDCAサイクル回すったって、致命的なエラーで人生詰んじゃったらどうすんだって思いません?

時々ね、彼に、全部決めてくれって思っちゃいます。もう何も考えたくない、なんでもいいから、私の人生めちゃくちゃにしてくれていいからって。

疲れてますね、私。

愚痴とまんなくなっちゃうので、早く帰りますね。でもよかった。ここで話さなかったら、彼に話しちゃうとこだった。

思ってることなんて全部言いませんよ、大人なんだし、一緒に生きているのだし」

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PM10:02
24歳女性
購入品:値下げした回鍋肉弁当、生茶

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「……仕事が終わったので、お弁当を買いに来ました。これから家に帰ります。会社は都心なんですけど、住んでいる場所は東京郊外なんですよ。会社の近くは家賃が高いから。帰るのに一時間かかるので、とても自炊なんてできない。丁寧な暮らしなんて無理です。最近は残業も多くて…大体いつもこんな時間です。

地元?は、東京じゃないですよ。田舎のほうです。就職と同時に上京して、一人暮らしを始めました。憧れの東京生活だったけど、意外としんどいですね。どんなに頑張って帰っても、誰も褒めてくれないしごはんは出てこない。いつか誰かが「おかえり」と言ってくれる日が来るといいなあなんて、ぼんやり思いながら床で寝落ちする毎日です。今日も背中がちょっと痛い。

恋人ですか?いますよ。遠距離ですけど。彼は北海道にいます。学生時代からの付き合いで、もうすぐ付き合って三年になります。

でももう、しばらく会っていません。仕事が忙しいみたいで、ラインも一週間返ってきません。今は、私の優先順位が低いんだと思います。でも平気です。彼には私以外にも、大切なものがあるってわかりますから。それをちゃんと、大切にしてほしいから。さみしがりの面倒くさい女って、思われたくないじゃないですか。

最後のラインですか?……あ、私が送った写真で終わってますね。夜の赤レンガ倉庫が綺麗だったから、思わず撮って送っちゃったんだ。綺麗なものを見るとつい彼に伝えたくなるのですが、……もしかしたら、うざがられているのかもしれません。返事がないから分からないです。

さみしくないか?さみしいに決まってるじゃないですか。満員電車で痴漢にあったり上司から怒鳴られたり日は、弱音を聞いてほしくなりますよ。ナンパされる度に守ってほしいと思うし、好きだよと言って安心させてほしいですよ。

でも、そんなこと言えないですよ。今彼は忙しいんだから。重荷になりたくないんです。わかってほしいと思うほうが、しんどいんです。私はこのさみしさを、一人で飼いならすしかないんです。彼といるためには、強くならないといけないんです。

それでも、私は彼といたいんです。優しくしてくれる彼以外より、さみしくしてくれる彼がいいんです。

こんなに苦しんでいるのが私だけだったらと思うと、虚しくて仕方ないですけど、だから今は、考えないように仕事に打ち込むしかないんです。北海道まで行くための、交通費を稼がなければいけませんし。

死にたくなる前に、早く寝ますね。明日も早いので」


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PM11:01
21歳女性
購入品:雪見大福

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「こんばんはー。今?大丈夫ですよ。
トイレに行った人は誰か?恋人です。さっきまで彼の家で一緒に鍋をして、ゲームしてて。小腹がすいたからおやつを買いに来たんです。本当はハーゲンダッツがよかったんですけど、私も彼も今、金欠で。今月バイト全然入れなかったんですよー。景気悪いんですかね。鍋の具もね、お肉の代わりにウインナーでした。でも、意外とおいしくてはまりそうです。

私たち?大学4年生になりました。今年就活なんです。彼は公務員志望で、私は民間志望。地元も違うから、来年からお互いどうなるか、全くわからないですね。離れたら、こうして一緒に安い鍋をつつくことも、夜にアイスを買いに行くことも、気軽にできなくなるんだろうなって、そう考えたらさみしくなっちゃうから、今はあんまり考えないようにしています。

大人になると、ただ「好き」という感情だけでは、人と付き合えなくなるらしいじゃないですか。やだなー。「結婚」なんて意識することなんて今までなかったけれど、「結婚を意識したお付き合い」が当たり前になるんだって。むしろそうすることが誠意だって。いつまでも若いわけではないし、女性には「子供を産めるタイムリミット」みたいなものもあるし。マッチングアプリと就活アプリって、ほぼ一緒ですよね。条件でしか相手を選べないし、条件でしか選ばれない。きつーい。

人を好きになるとき、そんなこといちいち考えなければならないと思うと、辟易しませんか?

彼のことが好き、ただそれだけの感情で一緒にいるのであって、結婚するとかしないとか、まだ考えたことないです。だめですかね?若いとか言われます?

でも、結婚したからといって、「ずっと一緒」なんてないんですよね。だって絶対、私たち死んじゃうじゃないですか。いつか別れる日は来るんですよ、それが何年後なのか、どんなかたちなのかわからないってだけで。

でも少なくとも今、この瞬間は、私は彼のことが好きで。その積み重ねをしていくことしかできないんじゃないですか。それが、「一緒にいる」ってことじゃないですか?

社会人になるのは不安だけど、お互い稼げるようになったら、鍋に牛肉だって入れられるし、ハーゲンダッツだって買える。そう思うと、ちょっとわくわくしますよ。旅行にも行きたいし。

あ、彼が帰ってきました。彼にも話を聞くんですか?だとしたら今私がした話は、秘密にしておいてくださいね。聞かない?わかりました。

今、幸せか?

そんなこと、考えたことなかったな。でもたぶん、今この瞬間に死んでも、不幸ではないと思います。ゲームの続きやりたいですし。

彼が呼んでるから、もう、行きますね。あなたも、お幸せに」





眠れない夜のための詩を、そっとつくります。