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いつか、全部おわるとして。

東京にいたころ、発狂する勢いで文章を書いていた。

一銭にもならない、かたちにもならない、誰からも求められていない、でも切実な文章だった。

私はたぶん、ずっと泣き叫んでいた。

満員電車のなかで、汚い駅の構内で、オフィス街の牛丼屋で、朝方のマクドナルドで。私はここにいると、こんなことを思っていると、世界に向かって叫んでいた。一銭にもならない、かたちにもならない、顧客ニーズも世の流れとか一切考えない、ただの痛々しい吐露。小説にも詩にもなれない、とはいえエッセイと呼ぶにはあまりにもとるにたらない、ただの言葉の羅列。知らない人間の体温を右肩に感じながら、絶対に私は書き続けるのだと、高いビルをにらみつけ足を踏ん張っていた。

あの頃の文章。

どんなに真似ようにも、今の私には書けない。かなしみや怒りは風化して、どんどん抽象化されていく。最後には、石のようなかたまりだけが残る。触るとつめたくて、宇宙と等しい重量がある。それでももう、生きていない。絶望には純度がある。

当時の私は、純度を残そうとしていた。

かなしみもくるしみも全部、純度そのまま残したかった。乗り越えたひとの話じゃなくて、渦中でもがいているひとの話を聞きたかった、でもそんなもの見当たらなくて、だから自分が書くしかないと思った。リサーチもマーケティングも必要なかった。ペルソナは、全部の時間軸の自分だった。自分を救える文章を残したかった。

救われる、という状態がなんなのか、幸せとはなんなのか、帰る場所とはどこなのか、私にはまだわからない。ひとりで原稿に向かいながら、このまま孤独に世界から取り残されていくのだろう、と思う。でも、人生から降りることもできなくて、死にたくて死にたくなくて死なせてほしくてでも絶対死にたくなくて、パニックになりながら青インクを飲んでいる。

飲んで、吐く。白い紙に青い血痕が散らばって、じんわりと言葉を象っていく。誰のためでもない、なんのためでもない。ただ私がここにいて、生きていて、くるしくてどうしようもなくて、それでも幸せな明日を願ってしまっていて、そんな愚かしい希望が文章になって、また私の手を離れていく。ここから先はあなた次第だよ、と言い残して。

おねがいだ、まってくれ、いかないで、いかないで。私はまだ救われていないのに、どこにもいかないで。

書きかけの原稿、崩れかけのプロット、最年少〇〇チャンピオン、知り合いの〇〇が起業した、同級生の〇〇が結婚した。人生が流れていく音がする、あなたが、きみが、流れていく、いつか私たちは、海でひとつになるんだろうか。そうなったら今抱えているくるしみは全部、ゼロになってくれますか。

ゼロになるのはさみしいか。
この感情は私だけのものだ。

書いていたい。書いていたい。書いていたい。好きだからとかおもしろいからとか、そんな理由で書くことはできない。ただ書いてしまう、書くことしかできない。書くことは息をすることで、死なないための最後の理由だから。こんな痛々しい人間は流行らないらしい。でも私は書いていたい。いのちをかけて書いていたい。不確かな感情のなかで、それだけは信じられる。

今年は、かたちにする年にします。みなさんの明日に、みなさんにとっての幸せが降り注ぎますように、祈っています。


遅くなりました。夕空しづくです。見つけてくれてありがとう。


2024.1.20




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夕空しづく/詩人・小説家
眠れない夜のための詩を、そっとつくります。