牛乳箱
ガチャガチャ。朝は牛乳配達の自転車の音。配達が進む。だんだん近づく牛乳瓶の音。
きょうも、一日。
朝の声
鳥の声より賑やかに。
ガラガラ……隣近所で鎧戸が開く。
朝陽の幅が広がった。ふすまやガラス窓も開く。
「おはようさん」
ガラガラガラ……いろんな声の合唱だ。
換気と安否確認。社会の窓が開く。
昭和の街かどで。
牛乳瓶の音
新聞配達は暗いうち。牛乳配達は明るくなってから。
昭和の宅配。まだスーパーマーケットが少なかった頃。
街の牛乳屋さんは大いそがし でした。
ギシギシ……自転車がやってくる。
前に大きな丈夫な袋をつけ、後ろに木箱。
ガチャガチャ……牛乳瓶のこすれる音。音も声も賑やかに。
みんな家の前で牛乳屋さんを待っている。
ガチャン……自転車から降りて後ろの木箱から牛乳瓶を出す、おじさんが来た。
みんな、挨拶しながら、白い牛乳瓶を受けとる。
お家によって、三本だったり四本だったり。
そして前日に飲んだ透明の牛乳瓶を返すのだ。
「おおきに、ごっそさん(ごちそうさま)」
カチャカチャ……牛乳屋さんの自転車前の袋は、回収したカラの牛乳瓶であふれた。
配達と回収、完了みたいだ。牛乳屋のおじさん、お疲れさまです。
牛乳瓶は厚く重い。とても丈夫だ。何度も洗って使うため。
まだ、リユースとかの言葉は、なかったけど、ちゃんと牛乳屋さんに返した。
小学校の給食も牛乳瓶だった、だから牛乳屋さんの重たさは知っていたよ。
牛乳を直接受け取れないお家は、木の牛乳箱へ。
まるで牛乳のポスト。
牛乳箱は、木のランドセルみたいに見えた。
留守番の牛乳箱
時代が変わり、みんな朝から仕事に出るようになった。
白い牛乳瓶を直接、受け取れなくなる。
朝の牛乳屋のおじさんは、牛乳箱に牛乳を、そっと入れるようになった。
自転車のガチャガチャは遠くなり、いつの間にか、聞こえなくなった。
牛乳屋のおじさんと挨拶することも減っていく。だんだんと。
そして自転車の仕事は店番だけになりました。
牛乳箱も牛乳瓶を抱いて留守番していた。少しの間だけ。
スーパーには、1リットルの紙パック牛乳が並びだした。
木の牛乳箱は、冷蔵できない。
そのうち町の牛乳屋さんは、宅配をやめた。
店番の自転車が錆をまとった頃。
おじさんは、牛乳屋さんの看板を下ろした。
街のお家は牛乳箱を
下ろさずに残したよ。
だって牛乳箱は
牛乳屋さんの勲章だったから。
いつも こころにうるおいを。
水分補給も わすれずに。
最後までお読みくださり、
ありがとうございます。