JR おおさか東線①
大阪府 東大阪市の銭湯へ行こう。
「JR おおさか東線」にのって。
この路線、はじめて聞くひとがいるかも。
今回は「JR おおさか東線」について書きました。
(2264文字)
JR おおさか東線
JRに、そんな路線あったっけ?
大阪に住んでるひとでも、なじみのない路線かも。
しかも「おおさか」は、ひらがな。だれでも読めるように、あたらしい大阪の路線。名前のとおり、おおさかの東側を走る路線です。
2008年・部分開業
新大阪駅が発着駅に
JRおおさか東線の部分開業は2008年。当初は、新大阪駅が発着駅でした。むかしながらの、うぐいす色の車両(103系)も走ってましたよ。
温故知新……古きをたずねて新しきを知る。おおさか東線は、そんな路線かもしれません。
走行ルートは
大阪市から、いったん吹田市へ。
ふたたび大阪市に入り、東大阪市を走りぬけます。そして八尾市まで。
大阪府の東側を南北に走ります。
14駅で30分ぐらいの距離です。
2023年・大阪駅 西口 誕生
大阪駅が発着駅に
大阪駅西口。もともとは梅田貨物駅。
「梅田の北」うめきたヤードともよばれていました。梅田貨物駅は廃止でなくなり、跡地は「うめきた公園」などに。現在も再開発の真っ最中です。
地下にホームがあり、おおさか東線・特急はるか・くろしおも、ここ大阪駅西口に停まります。
在来線ホームから離れていますが、大阪駅から「おおさか東線」にのると便利です。
わたしも大阪駅から。
おおさか東線にのりましょう。
大阪駅西口ホームから
地下の大阪駅西口ホームから、おおさか東線・久宝寺行きが静かに発車しました。4人がけのイスはガラガラ。在来線の、めまいがしそうな人口密度とは裏腹に。
しばらく地下を電車が走ります。
地下の部分は、あたらしく造られた線路。暗くて不安。キョロキョロしてたら、いつの間にか地上に出ました。
つぎの新大阪駅に向かう電車は在来線と並走する。たくさんの線路に電車がひゅんと交差する。いつもの大阪梅田の景色にホッとします。
新大阪駅を出ると、おおきなカーブ。南吹田駅からは準工場地域のようだ。工場もあり、住宅もある。風景を撮っとけばよかったです。
もとは城東貨物線
むかし梅田貨物駅から、城東貨物線がのびていました。この貨物線が転用され「おおさか東線」になったのです。
城東貨物線は、昭和のはじめ軍用線として敷設。
大阪城のふもと東側の広大な土地は東洋一の兵器工場 (大阪砲兵工廠)でした。
大阪城・大阪砲兵工廠の東側 (城東)は軍需工場も多く、物流の拠点となりました。放出駅あたりを通過すると、車窓から大阪砲兵工廠の跡地のビジネス街や住宅地が見えます。
わたしは、むかし城東貨物線のちかくに住んでいました。こんもりした高い土手がずっと先まで続いてて。3階建てぐらいの高さに線路。たまに貨物列車が通りました。
ガタガタガタ ガタッ ガタッ……。
ふるえるような音は、かなり長い間つづきました。
「この貨物線を、ふつうの客用路線にするらしい」
「ここに駅ができるんや」
「10年後ぐらいやて」
JRが国鉄のころから、うわさが飛びかいました。それは貨物列車の音のように、ずいぶん長い間続きました。
いろんな問題発生、よくある頓挫。
おおさか東線は、大阪駅から東大阪市へ走りぬける。いくすじの川をわたって。大阪メトロや、近鉄電車の乗り換え駅もある。
途中の駅は撮影をわすれて画像がなく省略します。
電車は、東大阪市に入りました。
東大阪市に入ると、やっぱり工場地域の風景がひろがる。近年、脚光をあびている「ものつくりのまち」だ。
このあたり、もとは布施市で、官公庁が河内永和駅のまわりにありました。なにか写しておこう。やっとスマホで撮る余裕が。
貨物列車に遭遇。まだ貨物線としても現役なのですね。ホーム頭上でクロスするのは近鉄・河内永和駅です。
つぎのJR長瀬駅も近鉄電車とクロスしています。大きな大学があるので、時間帯により客層が若くなります。いままで東大阪に行くには、近鉄電車が主でしたが「おおさか東線」ができて交通至便に。
むかしからある駅はシンプルな地名ですが、時代が新しくなればなるほど駅の命名は困難に。
「わが町を駅名に」
なんとしても未来へつづく駅名を。
スッタモンダの争奪戦と折衷案。大阪の四文字熟語のような駅はあたらしかったりする。
降りる駅は、たぶんそんな駅だ。
駅名からして歴史あリそうなところ。
電車がホームにすべりこむ、ここは。
衣摺加美北駅。
いつも こころに うるおいを
水分補給も わすれずに
さいごまで お読みくださり
ありがとうございます。