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タコの彼氏。

兵六はタコである。
正式にはもう少し長い名前があるらしいが、なにぶん長いので覚えていない。
タコのくせに六なんて変わってるのね、と、わたしが言うと、望んで呼ばれているわけではないのだからどうしようもないのだと、演技がかった表情をつくってみせる。

兵六は雨が苦手である。
生まれが日本海の、それも潮の濃い処だからとか、そういうわけではなく、単に水質が合わないらしい。

兵六は、雨が降り出す少し前になると、決まってわたしをデートに誘う。
サエコさん、緑がきれいな所へ行きませんか、とか、やたらキザったらしく誘ってくるが、本当は電車に乗るのが怖いだけなのを、わたしは知っている。

そんなわけで、兵六とつき合いだしてから、わたしは一度も雨に濡れていない。
兵六は、新幹線の窓から雨雲が流れていくのをじっと見つめる。
いつもお喋りな兵六が、電車の中では少しだけ顔を強ばらせている。
窓ガラスについた水滴が、一瞬にして後ろへと吹き飛ばされていく。
このまま終点まで向かおうか、雲が晴れたら知らない町で降りてみようかしら。
兵六はなんてこたえるだろうか。
きっと、わたしが話しかけないと、このまま顔を強ばらせたままだろうな。

わたしの横で兵六は、いつでも海の匂いを纏わせて、座っている。

おわり

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