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羊のお面へ堕ちていく。

 どのぐらいの時間、ここにいるのだろう。
 寝ては起きてを繰り返し、朦朧とする意識の中、誰かに水と食事を与えられた。
 何故、僕は、ここに……。
 薄暗い部屋で、記憶を辿る。

*

 あの時は、頭がおかしくなっていた。
 脳が溶けるような不快感に苛まれながら、じめじめとしたどぶ臭い路地裏でアイスピックを振り回していた。
 そんな僕を救ってくれたのは、羊のお面を被った女だった。
「ほら、おいでよ」
 彼女は僕の耳元で甘く囁いた。
「死んでは駄目ですよ」
 アイスピックなんて、どこかに捨てた。

*

「起きろ、怠惰な子豚が!」
 女の重く鋭い罵倒で、目を覚ました。
 相変わらず暗い部屋で、誰かが僕を見下ろしていた。
 目を凝らす。
 紫色の豚のマスクを被った、紫色のボンデージ姿の大きな女だった。
「始まるぞ」
 そう彼女が言ったと同時に、視界が真っ白になった。
 光だった。視力を奪われてしまうんじゃないかと思ってしまう程の閃光。
 目が慣れる。
 先程の豚のマスクの大女はどこかへ消えていた。代わりにそこには1人、子羊のお面を被った少女が立っていた。
 意識がはっきりとしてくる。
 僕はベッドに寝かせられていた。ただのベッドじゃない。真っ白なプリンセスベッド。手足を頭側と足側の柵に拘束具で縛られて。更にはプリンセスベッド同様、真っ白なネグリジェを着させられていた。
 これは一体、どういう状況なんだ……。
 必死に思考を巡らせるけど、答えなんて出てこない。
 数秒して、やっと気が付いた。彼女、1人じゃない。何人もの子羊のお面の少女達にベッドを囲まれ、見下ろされている。
 ぱちん。
 突然、照明がピンク色に変わった。
 同時に、視界から子羊のお面の少女達が消えた。
 急に怖くなった。
 僕はこれから何をされるんだ? 彼女達は一体……。
 違和感を覚えた。初めは気の所為かと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
 両手両足の指先1本1本に微かな温度を感じる。徐々に温かみが増していき、粘液のような湿った感触も広がっていく。
 唾液だと分かった。唾液が全指先を侵している。
 犯人は、子羊のお面の少女達だった。彼女等が僕の視界から消えたのは、屈んだ為だった。口より上までお面をずらした彼女達は、1人1本ずつ僕の指先をちろちろと舐めていた。
 ちゅにゅ、ちゅにゅ、ちゅにゅ……。
 彼女達の顔を前後に揺らす動きが大きく、激しくなっていく。
 不思議な感覚に襲われた。胸の奥を掻き回されるような、それでいて、この状況が永遠に続いて欲しいと願ってしまうような。
 簡単に言うと、快感だった。
 じゅぼぼ、じゅぼぼ、じゅぼぼ……。
 少女達の柔らかな頰と艶めかしい唇とぬら付いた口内で、僕の指が先端から蕩けていく。
「ん、んあっ……」
 人生で初めて、喘ぎ声なるものを上げた。
 不意に横を見た時、思考が停止した。元々そこまで稼働はしていなかったが、完全に動かなくなった。
 僕から見て部屋の右側。そこには、まるで僕がいるところがスクリーンの中であるかのように、こちらを向いた椅子が映画館みたいにずらりと並べられていた。
 キリン、梟、狼、獅子、鹿……。
 様々な動物のお面を被った人々が椅子に座って、こちらを見ていた。鑑賞、という言葉が1番しっくりくる。
 その中に、あの羊のお面の女がいた。お面で顔は見えないが、満足そうな顔をしているような気がした。
 じゅびょっ、じゅびょっ、びゅびょっ……。
 指先から伝わる、湿った快楽は耐え難いものとなっていた。
「んあっ、ああぁぁぁっ!」
 涎が垂れ、後頭部をベッドに押し付け、顎が天井を向き、乳首が勃った。
 少女達に全指先を舐められている。そんな恥ずかしい姿を見知らぬ人達に見られている。そして何より、羊のお面の女に喜んでもらえている。……あぁ、駄目だ。
 気持ちがいい。

*

 静かになった部屋。
 口を半開きにして、天井を見上げていた。
 誰かが部屋に入ってくる。ベッドに乗り、拘束されたままの僕に馬乗りになった。
 心地のいい体温が、お腹と右頰を危険で魅惑的な紫色の世界へ誘う。
「死んでは駄目ですよ」
 大量の砂糖が付着したような、ざらついた女の声。
 鼓膜が溶けてなくなって、凶悪で淫楽的な羊のお面へ堕ちていく。


【登場した湿気の街の住人】

・アイスピックの少年
・羊のお面の女
・豚のマスクの女王様
・子羊のお面の少女達

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