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ココロの島旅ー五島列島へ

2023年春。わたしは地元を離れてからもう6年目に差し掛かった都会での生活に、なんとなく、でも確かに鬱屈としたものを覚えていた。どこか違うところに行ってしまいたいという願望を常日頃ひしひしと感じて、それが思考の中心を占めるまでに至っていた。今振り返れば、6年という時の流れが作り出したわたしのまわりの環境に、わたし自身がさまざまな感情を感じるようになって、そろそろ新しい世界をみたいという衝動に強く駆られるようになっていただけかもしれない。

どこかに行ってしまいたいといっても、学生の身分なので気軽に引越したりはできない。というわけで内なる衝動の爆発を解決するため、春休みにひとりで旅に出ることにした。

行き先は、長崎県の五島列島。歴史の流れを汲む教会群と、東シナ海や五島灘の美しい風景が目当てであった。まだ見たことのない歴史、雄大な海の風景は、なにか新しく開かれたものを求めていた自分のココロの渇望に、全く対応していたものであった。

3月8日の朝、眠い目をこすりながら新幹線で博多に向かう。今回は旅費を浮かすためにこだま号を利用した。のぞみ号よりずっと時間はかかるが、車内で旅先での楽しみを妄想したり、途中駅での通過待ちではホームに降りてお弁当を買ったりという楽しみもあって、なかなかに味がある旅の道中だった。

博多に着くともう昼過ぎ。太宰府に参ったり、博多ラーメンを食べたりして福岡を満喫する。

福岡は活気のある街である。私の地元では22時ごろにもなると公共交通機関はほとんど動いていなくて、飲食店は店じまいをしているくらいなのだけど、そんな時間に博多港に向かうバスから見た風景は、キラキラした電飾のなか、若い男女が店員に見送られて居酒屋から出てきたり、あるいは入って行ったりといったものであった。

キラキラした街を通り過ぎ、博多港に到着。23時55分に博多港を出港するフェリー「太古」に乗り込む。もう夜遅いので、そうそうに寝入る。

翌朝目が覚めたのは、まだ6時になるかならないかという頃合いであった。下船するのは終点の福江港で、到着は8時30分の予定だからまだまだ寝ている予定だったのだけど、このフェリー、途中に寄港する港が多いので度々船内放送が入る。そういうわけで、船内放送の音で目が覚めてしまったのであった。

デッキに出る。胸の中がすっかり洗われたきぶんになるような、清々しい景色と空気がそこにある。

船室に戻り、しばしまどろんでいると福江港に到着する。軽い朝食を済ませ、レンタサイクルを借りて慌ただしく次の船に乗り換える。行先は五島市の2次離島である久賀島である。久賀島内には公共交通機関がほぼ皆無なので、自転車で巡ろうという算段であった。

久賀島には高速船で20分で着く。高速船が切っていく海の風をデッキでこれでもかというほど浴びるのが心地よい。

港に着くと、早速自転車をこぎ始める。すぐに、丘の上に緑色の三角の屋根が特徴的な浜脇教会が見えてくる。民家もそうそう多くない海辺の集落の風景と絶妙にマッチしていて、なかなか今までに感じたことがない趣を見た。

教会の脇を通り過ぎ、山道をひたすら漕ぐ。道路は舗装されていて走りやすいけれども、なにせ勾配がきつい。峠の最高地点まで、ひたすら重いペダルを漕ぐ。

しばらくすると峠もぬけ、下り坂を下り切ったところで久賀島の中心・久賀集落にたどり着く。コンビニはないが、郵便局や中学校はある、というような集落である。

久賀島は概ね円のような形に、北から中心に向かって細長い湾が大きく割り込んでいる形をしている。そういうわけで、久賀集落以北は北西に向かう道と北東に向かう道に分かれるのである。今回は訪島の目的は島の北東にある旧五輪教会堂であったので、北東に進む。しばらく湾に沿って心地よい風を感じながら走ると、島の最北にあたる蕨集落に到着。自動販売機で水分補給して少々休息を取り、先に向かう。蕨集落は漁港に隣接した小さな集落である。そういうわけで魚の干物を作っていて、自転車で感じる風にその匂いを強く感じた。

蕨集落から先は再び峠越え。先ほどと違うのは、今度は道の舗装状況が悪いことである、そこらへんに木の枝や大きめの石が転がってたりもする。しばらく必死に漕ぐと五輪集落の手前に到着。手前といったのは、五輪集落は車、自転車が侵入できないので、手前でこれらを止めて歩いていかねばならないのである。

五輪集落は今まで通ってきた、浜脇、久賀、蕨の各集落よりも輪にかけて小規模な海辺の集落である。民家がパッと数えられるほど、教会が1軒、世界遺産が1軒。旧五輪教会堂は世界遺産ということもあってか、現地ガイドさんに案内していただける。集落に着いた頃にはガイドさんがすでに待っているところであった。

この教会堂はもともと19世紀に建てられた浜脇集落の教会を移築して建てられたものだそうだ。現在は老朽化に伴って使われていないが、外観は和風、中は洋風という貴重な建築形式ゆえに保存されているらしい。ここで信者さんの祈りが受け継がれてきたと思うと、この建物に感じられる物語がより壮大で、しかしながらも人の温かみが感じられるという意味で身近な感じがした。

教会を出て、港に引き返す。大体1時間強の道のりである。昼過ぎのフェリーで福江島・奥浦港に戻る。

奥浦から福江市街地までは6kmほど。のんびり自転車を漕いでもそこまで時間はかからない。

福江というのは大きな街である。離島の小集落というものでは決してなく、コンビニどころかショッピングセンターやファミリーレストラン、はたまた地裁の支所もある。そういう意味で、本土の中小都市と変わらないのである。

予定では福江の市街地を観光するはずだったが、久賀島でかなり疲れたので港にあるレストランで休息。五島うどんを啜りつつ、次に乗る船を待つ。16時30分のジェットフォイル便で中通島の奈良尾港を目指す。

福江から奈良尾までは30分の船旅である。ジェットフォイルは速度が速い点が魅力だが、デッキに出て風を感じることができないのが残念だ。

中通島最南に位置する奈良尾は先程見てきた久賀島の集落よりはずっと大きな街だけれども、福江よりはずっと小さな街だ。翌日の都合を考え、バスで40分ほどかけて島の中心地である青方に向かい、そこに宿を取った。

翌朝、ホテルで朝食を済ませ、予約していた貸切タクシーに乗り込む。中通島はバスや自転車で巡れないこともないが、タクシーのほうが圧倒的に楽に、多くの場所を巡れるという計算だった。

まず、青方港近くの「大曽教会」へ向かう。ここは湾に面していて、集落に溶け込むように建っている。教会がひとびとにとって身近だという証であるだろう。

ここまで集落と教会が密接な関係にあるのは、五島列島の地域性、歴史性ゆえであるだろう。集落に溶け込む教会という風景は、わたしが普段住んでいるような、他の地域にはなかなかないものであるがゆえに、一種の特徴的な景色として感じられた。それはおそらく、普段日本に住んでいる人々がヨーロッパの街並みに新鮮な感覚を覚えるのと、全く同じ感覚なのだと思う。

タクシーで運転手さんおすすめのいくつかの教会をめぐる。ステンドグラスが美しい教会、レンガ建築が美しい教会。どれもいまさっき述べたような、新鮮な感覚をもたらすサイトであった。

タクシーツアーの最後は蛤浜海水浴場。有川港近くの美しいビーチである。

わたしは海の近くの街で育ってきたけれど、ここまで青が美しい海など、いまだかつて見たことがなかった。ゆえに、この美しさを前に、感嘆の意が漏れるのを防ぐこと能わなかった。

旅の動機に立ち返る。何か自分にとって新しいモノを求め、自分の家を飛び出したのだから、こうやって新しくみるような美しい風景を前に感嘆していたことは、自分が求めていた、とても自然な反応だった。この旅が1年以上たった今なお色褪せることなく脳裏に焼き付いているというのは、この旅がそれだけ自分の衝動に応えるものであったということの、明証であるのだろう。


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