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サイン

特に気に留めることなく
過ぎていったささやかな出来事

それは
もしかして
何か意味のある事
ではなかったのかと
後になってから思ういくつかのこと

いつものように
静かに座って
会社で仕事を片付けていると

トク、トク、トクと
自分の心臓の鼓動が感じられ
そしてそれが段々と小さくなって
次第に途切れていくのを
時々感じるようになり

1度医者に診てもらった方がいいかもしれない
漠然とそう思いながらも
勤務時間中なので
もくもくと手を止めずに
仕事を片付けた

別のある日には
会社で手を洗って
去り際に目の前の鏡を横目で見ると
自分の顔に母の面影が見えたが

今まで母の面影が見えるような事を
感じたことはなかったので
それは最近自分が少し太ったせいだろうと
やりすごした

またある時には
通勤途中に
2日連続して同じ場所で
大きな黒い蝶が
身体にまとわりついてきた

母が亡くなって
少し時間が経ち
様々な雑用が一段落して
落ち着いた頃に

亡くなる1か月くらい前に
自分に起こった
些細な
いくつかの出来事を
ふと思い出した

母は子供の頃から身体が丈夫なほうではなく
心臓が弱くて定期的に通院していたが
時々動悸や息切れを感じたり
気付け薬のようなものを
飲むこともあったようだ

黒い蝶には
死と再生
あの世からの使いなど
調べてみると
スピリチュアルな意味合いもみかけるが

黒い蝶がまとわりついてきた場所は
母が朝
デイケアに向かう車が
見えなくなる
曲がり角だったことに
気づいた

母の介護を長年続けてきて
時々母が体調を崩して
もうダメかもしれないと
覚悟をしたことも何度かあったが

いつも大事に至る事なく
回復していたのが

今回が
最期の本番であることに気づけず
一番肝心な時に
早く手を打つことができなくて

もっと早くに救急車を呼んだり
母が発熱した時に
すぐに大きな病院に行っていたら
母はまだ生きていたかもしれない

それができなかった
自分の間抜けぶりに
あきれ果て

後悔の念に苛まれ続けていた時に
ふと思い出した
いくつかの出来事

自分の心臓の鼓動が感じられたり
自分の顔に母の面影が見えたり
黒い蝶がまとわりつきてきたり

あれらは
母からの別れのサイン?
お別れのあいさつだったのだろうか?

もしそうだったら
母の死が
運命だったのなら

そう考えると
母が返らぬ人となったのも
仕方がなかったのかもしれないと
そう思うこともできるようになった

そういえば
心臓のトクトクという鼓動も
自分の顔に母の面影が見えることも
いつの間にか
もう感じることはなくなっていた


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