#2100字小説『手のひらの恋』/【#青ブラ文学部】参加作品
◆山根あきら|妄想哲学者🙄さんの【#青ブラ文学部】企画
「手のひらの恋」に参加します。
#2100字小説 、8分程度で読了可能な超短編小説ですので、
ぜひご一読ください。
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『手のひらの恋』
ホームへ上る階段の途中で発車ベルが鳴る。
これを逃すと始発まで時間を潰さなければならない。
ふいに君が私の手を握ってひっぱり、ダッシュした。
無事に電車のドアの内側に身を収めてからも、胸の鼓動はおさまらなかった。
すでに離された手のひらを見つめる。君の体温がぬくもりとして残っている。
こんなにも一緒の時間を過ごしてきたのに、身体的接触は初めてだった。
「あぁ、この手だ」と心が脈打っていた。
決して口には出さなかったし、出しちゃいけないと感じていたけど。
私が求めていたのは、必要だと感じていたのは、この手だったんだ……と妙に納得していた。
後に就職超氷河期世代と呼ばれることになった、2000年大学卒業予定の私たち。
就職活動においてもインターネット活用は本格的に始まっていた。
会社説明会はネット申し込みという会社も多かったけど、まだまだ資料請求は紙の書類の企業も多かった。
履歴書やエントリーシートの記入は手書きを求められることが大半だったから、書き損じても修正液などを使用するのはもってのほかで一からやり直し。腱鞘炎になりながらも入社志望のラブレターを書き続けた。
それなのに不採用の通知は書面ではなく、呆気なく「お祈り」メールの一通で済ませられることが多かった。
百何十社以上応募して、二次面接に呼ばれるなんて奇跡に近かった。
「お前は不要な人間だ」と人格否定される悲観を存分に味わった。
これだけ数多くフラれるのならば、自分につけられたレッテルや傷口は見ないふりをした方が楽なのに……傷つくことには、なかなか慣れることができなかった。
やっと最終面接に呼ばれたと思ったら、OB訪問で口を揃えて「あの会社には絶対に行くな」といわれている優良企業とは真逆な評判の会社で。今でいう、いわゆるブラック企業の最先端。
最終面接に進んだことが初めてだったから経験だと思って受け、絶望的な気分で内定辞退を申し出た。
いつまでもリクルートスーツを脱げないまま大学の学生課に通いつつ、周りの同級生を見渡せば、それでも希望職種で内定を勝ち取った猛者、妥協して第三志望以下の新卒採用枠を確保した安定志向の堅実派、大学院への進学を決めた学生、全てを諦めた自由人……それぞれの道がはっきり別れていた。
一流大学とはいえないけど、そこそこ名の通る大学の学生だった私たちは、変に妥協もできなくて就職浪人の身となった。
次のステージに進んだ同級生たちとはなんとなく疎遠になっていって、お互いの傷をなめ合うみたいによく会うようになったのが君だった。
君と私は資格試験の勉強をしながらのアルバイト生活で、がっつり社会人一年目の新人社員たちとは時間軸が異なっていて、同じ境遇同士で都合が合わせやすいのもあったのだろう。
学生時代は仲間内の一人にすぎなかったから気づかなかったけど、二人きりで会うようになって意外に共通点が多いことを発見した。平たくいえば、気が合った。
二人とも自分から遊びに誘うのが苦手で、誘われたら行くタイプ。だけど、なぜかお互い気軽に声をかけられる相手だった。
そして、なんとなくで「つきあおっか」と気軽に恋愛を楽しめず、本当に好きな人としかお付き合いしないタイプ。当時の若者にしては真面目な方だったかもしれない。
だから、夏の終わりに初めてハプニング的に手をつないで君のことを好きだとわかった後も私からは告白もせず、君もなんとなく私のことが好きなんじゃないかなと感じ始めても交際に発展しなかった。
冬を迎え、資格試験に受かった君が春からの就職先を決め、アルバイト先に正社員を打診された私が正社員になることを決めた時に、ようやく私たちは恋人になったんだ。
「私はあなたに……手のひらから恋をしたんだ」
二十五年以上の付き合いだから、あなたが聞こえなかったふりをしているのがわかる。たぶんほとんどの人が気づかないだろうけど、照れて小鼻が少しだけ膨らんだのも見抜いている。
末っ子が中学生になったことで、本当に久々に夫婦二人で飲みに出かけた。
家と目と鼻の先の個人経営の居酒屋。高揚感で家飲みよりも酔いがまわるのが早くて、つい恥ずかしいことを口走ったのも自覚している。私としても夫が言葉を返してこない方が都合がよかった。
結局、何者にもなれなかった私。
目指していた業界に就職できなかったし、現在進行形の職場でも目立った活躍ができていない。
きっとこれからも、後世に語り継がれるような大した功績は残せない。
だけど、今は「不要な人間だ」と自分を否定するような気持ちにはなっていない。
この手は家族に必要とされてきた。子どもたちが赤ちゃんの頃は、ひどいあかぎれができるほどこの手は働き者だったと自分を褒めることができる。
あなたの手に触れた時から、私の人生は動き出した。
きっと他人から見たら、手のひらにおさまるような小さな幸せかもしれない。
それでも、私はそっと自分の手を握った。
あまりぎゅーっとかたく握りしめてしまわないように気をつけながら。
もう何年も握っていない夫の手を帰り道に握ってみようかな。
「酔って足元が危ないから」と言い訳して。
きっとあなたは「これは介護だな」と笑うだろう。
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文字数:2100字(空白・改行を除く文字数)
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想田翠/140字小説・短編小説 @shitatamerusoda
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