#1【一本の電話が、私の最大の後悔】
大学2年生の秋の終盤。
サークルの代わりに入った学祭実行委員会の活動も
全て終了し、
予定していた休学と留学に向けて
学業よりバイトに精を出していた。
うちの家は貧乏だった。
極端に貧乏なわけではなかったが
大学に行かせるのも精一杯、
留学なんて無理だ!と言われていたため
1年間休学し、ワーキングホリデーという
海外で働ける制度を使って
可能な限り負担を減らせる方法をとった。
とはいえ、先立つものは必要なので
100万程度を稼ぐ必要があり
4つのバイトを掛け持ちしていた。
その日も、バイトから帰宅し
ヘロヘロの状態で用意してくれたご飯を食べていたら
祖母から電話がかかってきた。
当時70を超えていたが
かなり元気だったので深夜に電話することも多く
特段不信に思うこともなく
電話を取った。
「ちなつ、元気か〜?」
「元気よー、バイト終わりで疲れてるけど笑」
たわいもない会話が続く。
ふと、祖母が。
「今度な、年始にシンガポール行こうと思ってんねん。
成人式にかぶるんやけど、ちなつ一緒にいかへんか?」
「え〜!他の日じゃあかんの?」
「せやねん、どう頑張ってもその日じゃないと無理やわ。
おばあちゃんが無理言ってんのはわかってんねんけど
考えてくれたら嬉しいわぁ」
その後近況を少し話して電話は切り上げた。
私が後日出した結論は、
祖母のお願いを断り、成人式に出席することだった。
シンガポールは、私の中学卒業祝いにと、
祖母と2人で旅行に行った、思い出の地。
生前、祖母には嫌という程
「ちなつとのシンガポール旅行が
今まで行った旅行のどれよりも
イッチバン面白かったわ〜!」
と、聞かされていた。
ちなみに、祖母は旅行が大好きで
年に数回は国内、海外問わず旅行に出ていたので
おそらく、本当にイッチバン楽しかったのであろう。
だから、私を誘ってくれた。
でも、断った。
ないお金をかき集め、着物を仕立ててくれた
父方の祖母の顔を立てたい気持ちと
人生に一度しかない成人式とやらに
出席したい気持ちの方が、強かった。
当時は、シンガポールも祖母も逃げないから
またいつか、一緒に行けたらいいか、と思っていた。
そのいつかは、もう来ることはない。
結局、そのシンガポール旅行が祖母の人生で最期の、
旅行となった。
その事実を知るのは
旅行から祖母が帰ってきた2日後であった。