ふうっと息を吐き、頭上を見上げると、暁の空はそれはそれは美しい。湯気ははたしてあの雲まで届くのだろうかと目を凝らしてみる。しかし、その行方を最後まで追うことはできない。 芯まで温まった体に纏わりついた水気を払い、しわの寄った浴衣を羽織る。部屋に戻ってマッチを擦ると、ものの数秒で紫煙が昇りだす。露天から上がる湯気とはまた違うかたちの煙はやがて天井に達した。ぼんやりと天井を眺めるうちに、湯上がりの心地よさも相まって瞼が落ちる。 「お侍さん。ご飯ですよ。お侍さん」 「おっと。
その日はどうしてもそれが食べたくなってしまった。僕は駅前のお店に寄ってドーナツとコーヒーをテイクアウトし、ついには家に着くまで待ちきれずに暗い夜道でかぶりつく始末だ。 家に帰るとお気に入りのものたちがお気に入りの位置でいつもと変わらぬ表情で僕を迎えてくれる。三つ買ってきたドーナツの残りの一つ。僕は最後の一つをほおばり、冷たいコーヒーで流し込んだ。簡単で不摂生だけどとてつもなく美味しい夕食。ふと、思う。来月からはこんなふうにはいかないだろうと。テーブルにはごはんとおかず、そ
「ねえ、あなたったらまた要らないもの買ったのね」 今朝届いたアメリカンバイソンのオブジェを見て彼女が言った。会話の始まりとしてはややどけとげしくはあるが、僕は気にしない。そういう言い回しは彼女の得意とするところだし、僕はそういうのには慣れている。アメリカンバイソンは窓の奥に広がる穏やかな樹木園に降りそそぐ木漏れ日に孤高の眼差しを送っている。 「これは要らないものじゃないよ。アメリカンバイソンって言うんだ」 「知ってるわ」彼女が間髪入れずに言った。 僕はカチンと、こない。ち