子供のころの理不尽だった話
やる気が全く起きないので、PCに向かってタイピングをすれば気持ちも変わるかなと思いこの記事を書いています。
7人くらいで遊んでいるときに、「1人ずつ順番に靴飛ばしでどこまで飛ばせるか挑戦しよう」という話になった。
そして、端にいた子から順番に挑戦し、僕が最後だった。
僕が終わったタイミングで、リーダー格が「今度はそっちから折り返して挑戦しよう」ということになった。
■その時の図
☆がスタート
〇が僕
1回目
→→→→→→
☆●●●●●〇
2回目
←←←←←←
☆●●●●●〇
大人だとすぐにわかると思うが、この方法だと端にいる人が挑戦回数が少なくなる。
私は、「それだと端の僕が不利だから、折り返しじゃなくて、さっきと同じ順番でやろうよ」と言ったが、
その場にいた全員が理解できず「いや平等なチャンスがあるのに、こいつ何言ってんの?」とバッシングにあった。
「なんでわかってくれないんだ」という気持ちとともに、「卑怯者」呼ばわりされることがとてもつらかった。
チャンスの少ない僕は、芳しくない結果を残すことになった。
■20年以上経って
ふとあの時のことを思い出すと、「ああ、あいつらと僕で頭の出来が全然違ったんだな」
と思うとともに「間違っていても、多勢が勝つことなんて往々にして存在するんだな」と実感するエピソードだった。
正しく理解できる人間を増やさないと、人類は破滅に向かっていくのか
など大きなスケールに飛躍して考えると恐ろしい。
■結論
正しい教育は大事。
正解がある事象については、正解であることを劣勢でも強く言い続けなければならない。
と今更になって思うのであった。
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