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コンビニができた 3

期末テストを前にしてクラスは浮き足立っている。小学校の延長みたいな中学一年の夏休みと違って、みんなもう立派な思春期。見据えているのは期末テストのその先の夏休みだ。

付き合っている山田君と佐藤さんは夏休みに一緒に海に行くらしいとか、そんな噂に敏感になる。僕は先月からなかなかいい席に恵まれていた。廊下側の真ん中辺り。日差しがなくて暑くないし、目立たない。そして何より隣の席には稲田さんがいる。

稲田さん家は、国道沿いの歯医者さん。もともと港の近くにあった祖父の代から続く病院を引っ越して、しばらく前に病院を新しくした。ピアノに水泳、英会話とこの辺の子供では珍しくたくさん習い事をしていて、都会的な雰囲気のある綺麗な子だった。

鳴海中は、昔からある港近くの古くからある鶴浦小と、ニュータウンの鳴海小の2つの小学校から上がってくる生徒たちが通う。鶴浦は古い港町らしく、ニュータウンでは見かけないようなガラの悪い連中も多かった。2つ上3つ上の先輩たちの中には特攻服を着て卒業式に出たとか、バイクで学校中を走り回ったとか、そんな話もたくさんあった。

鶴浦小から来た子達には、きれいな子が多かった。学年で目立つ子は男も女も大体鶴浦。でもみんなどことなく大人っぽいというか、不良っぽいというか、そういう近寄りがたい感じがして、時にお坊ちゃんとか金持ちとか馬鹿にされるニュータウンの子たちからすると、憧れはありつつも、自分たちとは違う大人というか、なんとなくそういう存在だ。

稲田さんも鶴浦の出身だったけれども、家柄のせいか、他の鶴浦よ子たちとは少し違う、ニュータウンの陰気な僕なんかでも話しやすい雰囲気があった。

どういう話の流れだったろうか。ピンと教室で国道沿いのコンビニの話をしていると、稲田さんが話に加わった。

「わたし、休みの日とかほぼ毎日行ってるよ。めっちゃ好きなジュースあって。」

そうなん?すげー、うらやましいわ。緊張を隠すために自然を装う相槌も大変だ。わざとおどけて大袈裟にうらやましがってみたけれど、心拍数は上がっている。稲田さんの家は国道沿い。コンビニまで歩いてものの5分くらいのところにある。

僕がいかにコンビニに憧れているかを、ヤンジャンの話は巧妙に隠しながら熱弁して、ピンがチャチャをいれる。稲田さんはそんな僕たちの話を面白がって聞いてくれた。

「まずさ、オニギリ。グラシアスのねぎとろオニギリはさ、チョンチョンって、そのぐらいしか入っとらんやん。感動したもんね、初めてコンビニのねぎとろオニギリ食べた時さ。」

こんな話を稲田さんは楽しそうに聞いて、時に乗っかってさえくれる。やっぱり当時の僕からすると大人っぽすぎて緊張する相手ではあったけれど、人を楽しませることの喜びを、教えてくれた人でもある。

「ほんとウケる。今度コンビニで会ったらオニギリ食べようよ、一緒に。」

そこで続けておどけられたら良かったのに、変に本気にしてしまうのが余裕の無さだ。お、うん。と妙な返事をしてしまって、その夜は稲田さんとコンビニで会った時の自然な演出や流れを考えるのに忙しかった。

妄想の中では「私の家、寄ってく?」みたいなことなんか言われちゃったりして、一度は収まったコンビニへの熱意が、再びよからぬ方向へムクムクと湧き上がってきていた。そして何度シミュレーションをしても、厄介な問題が出てくる。「誰と行くのか」。ピンと二人、タイラと二人、あるいは三人。どのパターンを考えてみても、自然に稲田さんと二人きりになることはできない。と、いうことは、だ。行くなら一人で行くしかない。学校や部活以外で、一人で橋を渡って、ニュータウンを出る。初めてそんな想像をしてみると、急に自分が大人になったような気がした。そうじゃん、別に遠くに行くわけじゃない。散歩にちょうどいい距離じゃないか。

そうして僕は次の土曜に、たった一人でコンビニへ行くことを決意したのだった。

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