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コンビニができた 2

解決すべき課題は両親だった。部活にも入っていない僕は毎日ほとんど決まった時間に家に帰る。寄り道をしたら家にいる母から「どうしたの?」と聞かれるのは目に見えていたし、「コンビニに寄った」なんていったら怪訝な顔をされ、帰宅した父にも報告が行くのは間違いない。

服装の問題もある。平日の夕方に制服を着てコンビニで立ち読みなんかしていたら、誰に見られるかわかったもんじゃない。ニュータウンの大人たちや、面倒だけど先生ならまだいい。学校の誰かにヤンジャンを立ち読みする姿を見られようものなら、からかわれること間違いなしだ。

そうなるとコンビニに行くタイミングは一つ、週末しかない。それも一人ではなく、なるべく数人で。さも暇つぶしに来ましたよという感じを出しながら、ごくさりげなく雑誌を手に取る。知らんけどたまたま手に取ったらヤンジャンでしたよ、みたいな顔をすることが大事だ。

コンビニに行きたいとは誰にも話さず、僕は日曜を待った。ピンはいつでも暇だけど、日曜は野球部の練習が休みなので、タイラもいる。万が一不良にからまれたとき、二人よりは三人の方が心強い。タイラは学校の不良たちとも比較的交流がある。

日曜に、コンビニへ行く。それだけでなんでもない毎日にも張りが出た。もはや学校でされているコンビニの噂話も気にはならない。カラアゲがうまいとか、あのお菓子はすごいとか、おにぎりがどうとか。

自分の席で頬杖をつきながら、「よしよし、待ってなさい、日曜日に俺は行くんだ、そこへ」と、行ってもないのに勝ち誇ったような顔で僕はのんびりと外を眺めた。

「え、遠くない?めんどくさ。グラシアスでいいやん。」

日曜の午後、三角公園に集まったピンとタイラの反応は僕の期待を裏切るものだった。

確かにニュータウンを出てコンビニにむかう道のりはけっこうある。行きは下り坂なのでまだましだけど、帰りはなかなかに急な坂を歩いて上がってこなければいけない。一方のスーパーグラシアスはニュータウンの真ん中。ものの5分で着いてしまうし、アイスもジュースもお菓子も買える。そして多分コンビニより安い。

コンビニへ行きたいという僕の熱情。みんな同じように感じているはずだと無意識に思っていた自分に気づき、急に恥ずかしくなってしまった。

「いや、でもさ、グラシアスも飽きたやん?」

恥ずかしさにムズムズする背中の感覚を振り払うように、僕はわざとらしく伸びをした。

「にしても、遠すぎやろ。」
「バスで行くとか?」

非現実的な提案だなと自分でも思った。実際にはバスに乗れば10分とかからず着くんだろうけど、学校の用事や家族の外出以外では出ることはなかった。子供だけでは遊びに行けない危ない世界。川を一本隔てただけの橋の向こうの国道は、当時の僕たちにとってはそれくらい遠い場所だった。

「どうした?」

あまりにもコンビニにこだわる素振りを見せる僕を見てピンは何かを感じたようだった。ピンの丸いメガネの奥の瞳は、いつも鋭い。そして少し笑っている。こいつは多分、僕のシタゴコロを直感で見抜いている。

「ま、いいや、別に」

自分でも白々しくて鳥肌が立った。そしてその日は結局、グラシアスへ向かった。

グラシアスは当時、近隣に数店舗をかまえるちょっとしたスーパーマーケットのチェーンだった。ただ近隣住民が減ったり、港近くの埋立地に巨大ディスカウントストアや新鮮な食べ物を扱う大手スーパーができたり、いろんな時代の変化の中で店舗は少しずつ減っていって、今はもう本店と、かろうじて残る鳴海ニュータウン店だけになっている。

三角屋根のGの文字は、当時まだ鮮やかな緑色をしていた。

生鮮、食品、惣菜、日用品、文具、酒。そう広くもない店舗にひと通りのものがそろっているというのは、言い換えるといつも変わらない必要なものしか置いていないということだ。

変わり映えのしないお菓子コーナーで僕はクランキーチョコを買って、タイラはポテトチップスを買って、ピンはコーヒーだけを買った。レジ横に申し訳程度に置かれた雑誌コーナーをちらりと見たけど、当然そこにヤンジャンの姿はないし、あったところで買う勇気も立ち読みをする度胸もない。

そうして僕らのいつもの日曜日は過ぎていった。コンビニに行く本当の目的を誰にも打ち明けないまま、中学2年の春の日はさらさらと流れていく。あんなに熱情にかられていた僕のコンビニとヤンジャンへの想いもあっという間に冷めていった。

でも人生とは時に不思議なもので、欲しい欲しいとどれだけ願っても手に入らなかったものが、執着を捨てた途端に目の前に転がり落ちてくることもある。僕がついにコンビニでヤンジャンを手に取ったのは、もう夏に差し掛かる頃のことだった。

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