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ep23 空き地に秘密基地

金田家が鳴海ニュータウンに越してきたのは1980年代の半ば頃、早々に売れたバス通り沿いをのぞいて、二丁目はまだ空き地の多い頃のことだった。

和幸が小学校4年に上がったのは二丁目の建設ラッシュは後半戦に差し掛かる頃、団二丁目の中央の、最後に分譲されたあたりにはまだ空き地が多かった。

おおらかな時代だった。できたばかりのスーパーグラシアスの搬入口にはダンボールが山に積んであって、小学生たちが遊びに「持っていっていいですか」と聞くと、従業員たちは快く段ボールを分けてくれた。

鳴海小の子どもたちはその段ボールを使って、まだ建設前の空き地や公園の裏手の斜面に秘密基地を作った。段ボールは秘密基地を作るにはうってつけだ。切り開いて組み合わせれば、柱を立てなくても壁が立つ。壁ができれば、屋根をのせるのも簡単だ。

海の見える公園の奥の斜面なんかは、建築現場としてはうってつけ。大人は誰もそんなところに立ち入ってこない。ちょうどよいくぼみにはもう何度も秘密基地が建設され、雨風がその文明の痕跡を消し去る前にまた別の誰かが段ボールの楼閣を築き上げるという調子だった。

そんな段ボールの秘密基地づくりにも飽きてきた小学4年生の秋、和幸は小坂と柳田を連れて一計を案じた。

雨が降ったらすぐにつぶれる秘密基地なんていうのは、やはり子供の遊びだ。買ってもらったばかりのこの工具セットがあれば、雨が降っても壊れない木造の基地が立つ。

普段それほど仲良くしているわけではない小坂と柳田を連れていったのは、どちらかというと鈍くさい彼らなら、和幸の計画を文句を言わずに遂行してくれるだろうという目論見だった。和幸は頭は良いが、背が低い。運動もそれほど得意ではなかった、和幸は普段、森山や谷口を中心とする、一番力も強くて運動ができる連中と遊ぶことが多かった。でも臆病な彼は内心、高い壁から飛び降りたり危ない遊びを平気でやってのける彼らに、引け目を感じていた。

青い箱に入ったピカピカの工具セットは、細い金槌に、数種類のドライバーやペンチ、レンチがセットになったものだ。父が和幸に買い与えてくれたものだけれど、使う機会はほとんど無かった。その工具セットを自慢するのにも、小坂と柳田はちょうど良い相手だ。

「いいか、お前ら、このモンキーレンチっていうのはな、こうやって使うんだぞ。間違うなよ。」

得意げに語る和幸はいっぱしの親分の気持ちだった。

和幸は、棟上げ前の建設途中の家の敷地内に廃材が積まれているのを知っていた。ベニヤと角材で作られた簡単な囲いの中に、角材や板材の切れっ端が乱暴に積まれている。大工たちに声をかけるのにひるんだ和幸は、小坂に「お前言ってこい」と交渉を任せた。

「いいよ、怪我するなよ。」

タバコを咥えた大工は思いのほか快く廃材の持ち出しを許してくれた。廃材は重くて持ち運びが大変だった。3人は計画を変更し、建設現場を海の見える公園の奥ではなく、廃材置き場がある家の隣のブロックの空き地にした。低い雑草がまばらに生えるだけの空き地。どこから見ても丸見えで秘密なんてまるで無い。

建設が始まったのは、よく晴れた水曜日の午後だった。和幸は同級生の中では知恵の立つ方だったけれど、柱をどれだけ地面に埋める必要があるのかは知らなかったし、そもそも宅地として造成され、放ってあるだけの地面はカチコチで、和幸の工具では深く穴を掘ることはできそうも無かった。

そこで和幸は釘を打って、まず細い角材を口の時の形に作ることにした。その四つ角に今度は柱をつけていく手はずだ。硬い角材に細い金槌で釘を打ち付けていくのには骨が折れた。そもそも和幸の工具セットに入っている金槌は子供の手にも持てるよう細く軽く作られたものだ。角材に釘を打ち付けていくには心もとない。

小坂と柳田はよく働いてくれた。道具も足りない中、和幸の支持に従いノコで角材の長さをそろえたり、ベニヤをせっせと運んだり。彼らは彼らで、クラスの目立つ連中が楽しそうに話していた秘密基地づくりに初めて参加することができて、気分が昂ぶっていた。

空き地の雑草たちは、夏の盛りを過ぎて枯れ出している。黄金色というよりは、土色の空き地だ。たくさん飛んでいた赤トンボたちは、突然始まった小さな大工たちに驚いて、向こうの空き地に逃げてしまった。

日が落ち始める。みんな家に帰る時間だ。お腹もすいてきた和幸は「今日はこの辺にしよう。見つからないように隠すぞ」と小坂と柳田に指示を出し、作り途中の「コ」の字に組んだ細い角材に段ボールをかぶせた。

「雨が降らないといいな。」
「秘密基地で何をしようか。お前、お菓子持ってこれるか」
「敷物もあるといいんだが。」
「上級生とかに見つかったら嫌だな。」
「罠を作るか。誰も入れんように。」
「腹減ったな。晩飯何かな。」

そんなことを話しながら、3人で帰った。翌日の木曜は、和幸は始めたばかりの野球の練習があった。建設の続きは金曜日に決めた。

それから2日、幸いにも雨は降らず、段ボールの下に隠した建設資材たちも無事に誰にも見つかることなく、建設を再開することができた。トントン、カンカン、いっぱしの大工みたいな音が空き地に響く。口の字に組んだ角材の四つ角に柱を4本、どうにかこうにかつけた頃には、鳴海ニュータウンの空はもうオレンジに染まり始めていた。ひっくり返して立ててみると、3人が三角座りでどうにかおさまる小ささだけど、不思議な達成感があった。

和幸はその不思議な達成感の一方で、これだけ苦労してこんなものかと、段ボールの基地と比べて考えると、物足りないようにも感じていた。段ボールの基地なら、同じ2日を費やせば、もっと居住性も機能も良い立派な基地を作ることができる。小学生にとっての2日の遊びは、大人のどのくらい分だろう。3ヶ月、ひょっとしたら6ヶ月と同等かもしれない。それだけの時間を費やしてこれかと思うと、熱は急に冷めていった。

よしじゃあちょっと休憩して乾杯することにしよう。和幸の提案に小坂と柳田もすぐに賛同した。すんなりとことが運んだのは、憧れていた秘密基地づくりは、やってみるとこんなにつまらないものかと、彼らも感じていたからだ。

それでも彼らは小遣いで買ったジュースで乾杯をして、今後の夢を話し合った。壁を付けて、天井をつけて、もう少し広さも欲しい。まずは試作。時間は十分にある。来週から、そうだな、週に一度集まってこうやって建築を続けたら、きっと冬にはすごいものができる。お父さんとお母さんに頼んで、ここでクリスマスパーティーを刷るのも良さそうだ。みんなきっと驚く。

暮れていく空の下で、頭の中でかけた立派な基地の天井の下で、和幸たちは夢を語り合った。東の空から街をのぞきはじめた夜の空も、まだもう少しだけそうっとしておこうと、静かに彼らを見守っていた。

2日の遊びが大人の半年と同じなら、先週の話なんか子供にとっては、はるか昔の思い出と同じことだ。和幸は簡単に秘密基地のことを忘れた。小坂と柳田はそもそも誘われた身、和幸が言い出さない限りは秘密基地のことなんて思い出すこともなかった。

鳴海ニュータウンが冬の枯れ色に完全に染められる頃、和幸は急に秘密基地のことを思い出して、空き地のそばへ駆けていった。俺はやる、一人でもやる。必ずあの基地を完成させて、森山や谷口にも、頼まれれば貸してやったっていい。利用料を取るのもいいな。

そうして空き地へ付いてみると、1ヶ月前に立てた梁と柱はきれいさっぱりなくなっていて、段ボールの切れ端が少し、残っているだけになっていた。確かに場所はここで合っているはず。資材を調達した隣のブロックの家はもう立派に棟上げを済ませている。

今になってみると、建設途中の大工たちも彼らの仕事を見ていて、空き地にゴミを残したと思われたらたまらんと、引き上げる際に一緒に片付けてしまったのかもしれないと思う。でも当時の和幸は当惑して、失望した。あれだけの時間をかけて築いたものが、魔法のように消えてしまった。誰の仕業だ、なんのために。憎しみにも似た悲しい気持ちは、それでも一晩すぎれば過去の話だ。

何もかもがまだ大らかな時代だった。空き地にはそれからどんどん家が建っていって、今はもう鳴海ニュータウンに空き地はひとつも無いし、たまに和幸が町を歩いてみても、公園で遊ぶ子供の姿を見かけることは少なくなった。

中学生になると和幸は野球部の連中とばかり遊ぶようになって、小坂と柳田とはほとんど言葉をかわすこともなくなった。和幸は市内の進学校に進んで、長崎大学へ。今は県庁の職員をしている。小坂は工業高校、柳田は郡部の公立高校に進んだけど、その後彼らがどうしているかを、和幸は知らないけれど、子供を連れて両親の様子を見に帰るたびに、バス通り沿いにある小坂の家の表札がまだ変わっていないのを見ると、少しだけ嬉しいと思う。

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