🇨🇳#8 青海の雪山で生き仏に有難いお言葉をいただく
(前回の続き)
雨はみぞれになり、やがて大雪になった。
せっかちな運転手さんは、出発時の遅れを取り戻そうと、チェーンのついていないタイヤで果敢にドリフトをきめこむ。
しかも、視界がこんな状態である。
せめてサイドミラーは確認して欲しいので、助手席に座るわたしは手動ワイパーとして必死に窓を拭き続けた。
朝、車から引き摺り下ろされた男子たちは、デスゲームの敗者に見せかけて、間もなく勝者になるかもしれない。
タール寺から約1時間半、命からがら拉脊山(3820m)に辿り着いた。
信じる心が足りなかったのか、高山病予防のサプリがあまり効かず、胸が苦しい。
高僧・アカ大師との出会い
拉脊山の山頂(4128m)に、「宗喀拉則」というチベット仏教の宮殿があるという。
(※)拉則とは、チベット語で「山の上の宮殿」の意味で、自然崇拝に基づいて作られる
皆が行くというので、ツアーの女の子たちの後ろをゼーゼー言いながら必死になってついていった。
拉則に入る際にお袈裟をかけてもらい、中をガイドさんに案内してもらった。
パワースポットなどというレベルではない、ただならぬ空気が漂っており、寒さも加わって鳥肌が立ちっぱなしである。
すると、部屋の奥に、一人の男性が座っているのが見えた。
みなが手を合わせ、祈りを捧げている。
彼はアカ大師というチベット族の高僧だという。
アカ大師のお付きの通訳に呼ばれた私たち六人は、大師の前に立ち、手を合わせる。
それから、大師はチベット語でお経のようなものを随分と長い間唱えた。
通訳の話では、それは大師からの有難い忠言であり、今から伝えるという。
五人のうち、単独で忠言が出されたのは私ともう一人(ツアーに一人で参加)で、あとは二人セットだった。
わたしたちは皆ごっちゃになって交流しており、なぜアカ大師が、その二組をもともとの友人同士であると見抜いたのか、まるで検討もつかない。
何よりアカ大師は、私たちの方をチラリとも見ないのである。
なんなら、スマホをいじっている。
髪も生えている。
しかし、上海の本当の金持ちというのは、案外Tシャツにサンダルをはいていたりする。
日本にいる天才の友人も、よれよれの服を着て奇行を繰り返している。
つまり、身なりや仕草でその人の背景や能力は推し量れないのだ。
実際、アカ大師は、オーラが尋常ではない。
野生的で、かつ濁りのない無垢な瞳をしている。
生き仏そのものである。
先に忠言を受けた五人はその場を離れ、わたしだけが残った。
通訳から伝えられたのはこんな内容であった。
「あなたは優しい人です。ただ、あなたの優しさはいつも人のために使われていて、自分自身を大切にしていません。あなた自身が嬉しくて楽しいと、周りの人も、あなたの愛する人も幸せになります。どんな神社仏閣にも手を合わせる必要はありません。これからは優しさを自分にも向けて、今日この部屋を出た瞬間から、自分のために生きてください」
どうやらわたしは四十にして素直な一面をまだ備えていて、アカ大師を前に身が震えた。
なんなら涙も出そうになった。
今、一番欲しい言葉だったのかもしれない。
その後は日月山〜昼ごはん
3時過ぎ、最後の目的地である青海湖へ。
青海湖は、世界で一番高い場所にある湖だ。
この頃にはツアーメンバーは皆仲良しになっていて、朝、雨の西寧に捨てられた哀れな青年たちのことはすっかり忘れ去られていた。
デスゲーム系のドラマでも、早々にいなくなった敗者への同情というのは薄いものである。
19:00、女子たちと駅で別れて、寧夏回族自治区・銀川行きの寝台列車に乗り込んだ。
回族の青年と深夜にカップ麺を食べる
アカ大師から自分に優しくしなさいといわれた私は、早速、硬卧で寝るのはもうやめて、軟卧の寝台にアップグレードした。
昔は軟卧でも辛いと感じていたが、硬卧で眠れぬ夜を繰り返したわたしは今、軟卧が天国に感じる。
隣のベッドの若者のスマホが、ひっきりなしにデリバリーの注文を通知している。
ケーキ屋の青年「こんにちは、わたしは⚪︎⚪︎ケーキ屋です。さきほど注文されたケーキの上のさくらんぼ、今切らしてるんで、オレンジにしてもいいですか?」
わたし(いや、いいわけないだろ…)
客の声「何? ああ、オレンジでいいよ」
わたし(いいんかい…)
彼はケーキ屋らしい。
さて、夜がふけてきたが、待てど暮らせど車内販売がやってこない。
駅に着いたのがギリギリだったので夕飯を食べておらず、お腹がぺこぺこなのだ。
すると、青年に車両スタッフからカップラーメンが届けられた。
わたし「え、それ、どこで売ってるの?」
ケーキ屋の青年「この列車は車内販売がないんだ。でも、頼んだら特別に売ってくれた。聞いてあげるよ」
こうしてわたしはこの列車で最後の一個というカップラーメンを7元(140円)で手に入れて、青年と一緒に食べた。
青年は少数民族・回族で、銀川でケーキ屋を家族経営しているらしい。
わたし「注文ひっきりなしだね。中国の人って日常的にケーキ食べるの?」
青年「そんなことはないよ。誕生日とかバレンタインデーとか、母の日とか。恋人との記念日にも贈るね」
わたし「じゃあ、人気店なんだね。あなたもケーキ作れるの?」
青年「いや、僕は手先が器用じゃないから…お父さんが作ってる」
わたし「いつかはやるしかないことだとしたら、訓練していかないとだね」
青年「うん、僕も最近そう思うよ」
回族の家族が営む「泡膜」の店へ
朝、駅から歩いて10分の、青年に教えてもらった「泡膜(浸したナン)」のお店にやって来た。
小麦粉で作られた硬めのナンを、ちぎってスープに浸して食べる寧夏のご当地グルメである。
スープは澄んだ白湯(バイタン:醤油が入ってないスープ)。
白ネギとパクチーがふんだんに入っているので、ラムのコクはありながら、すっきりとした口当たりだ。
らっきょうが10倍強烈になった味わいの、にんにくの酢漬けも癖になる。
寧夏の賀蘭山はワインの名産地だ。
ワインの味は全く分からないわたしだが、昔から寧夏の赤ワインが大好きで、しょっちゅう飲んでいる。
ちなみに、寧夏のワインは近年、世界の名だたる賞を総なめにしている。
友人に寧夏ワインを買って送り、新幹線で陕西省・西安へと向かう。
旅はつづく
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