ホタル(ピリカグランプリ応募)
アッチノミズハニガイゾ
コッチノミズハアマイゾ
校舎から聞こてきた子どもたちの歌声に私は思いを馳せた。
昔、この町には小さな川が2つ、流れていた。
それは太鼓山から隣町にある大嘉瀬川に向って流れる川で、それぞれ瀞川と愁川と言った。
ホタルノオトサン カネモチダ
ドウリデ オシリガ ピカピカダ
山から生まれた優しくて甘みのある瀞川
涙みたいに、ちょっとしょっぱい愁川
どちらも綺麗な水質のため、夏になるとたくさんの蛍がやってきた。
私は、小さい頃からその様子をよく見ていた。
あの蛍たちもそうしてよく歌っていたな。
ホーホー ホタルコイ
あちらこちら仄暗く、神秘的に、そして一定のリズムでついたり消えたりする蛍のあかりは、町の人々の心を豊かにしていた。
ただ、そんな町も年々過疎化が進み、淋しい町へ移り変わろうとしていた。
あれはもう50年くらい前になるだろうか。
山の谷間にあるこの町は、太鼓山の木々たちによって守られていたのだが、町の繁栄のため、町人たちは、太鼓山の木を売ることにしたのだった。
木を間引て他の木の成長を促すことは、山のためにも良いことなんだと、そんな理由も加えることで町人たちはみな、自分の心を納得させたようだった。
太鼓山の木はとても評判が良く、よく売れた。
おかげで町はどんどんと潤われ、この町に引っ越してくる人もたくさんいた。
こうして太鼓山の木は、町の産業として大きな収入を得ることになっていった。
しかし、豊かになっていく町から、大切なものが消えつつあることに気付いた者はいなかっただろう。
夏になると、優しいあかりを灯していた蛍はいなくなり、
瀞川と愁川の水は一滴も無くなってしまった。
幸い私は、歳を取りすぎていたため、切られることはなかった。
『幸い』
その言葉が正しいのかは私にはわからない。
私も本当なら切られる運命にあったはず。
いっそ、切られた方が、町のため
そして違う形で生きることができていたのであれば
そのほうが良かったのかもしれない。
そんな私は、先日、樹齢500年として
町人たちに祝われた。
そしてこれを機に、太鼓山から木がなくなったこと、瀞川と愁川が枯れてしまったことに心を痛めていた町人たちは、新たな運動を始めたのだった。
新しい命を山に植えること
植樹をすることで、山が生まれ変わり、
そして、瀞川と愁川も命を吹き返すだろう。
綺麗な川が戻ってきたら、蛍たちも帰ってくる。
そう、仄暗く、神秘的に、そして、一定のリズムでついたり消えたりするあの、
あかりを、
私にまた見せてくれる日も
そう遠くはないと思うだ。
それまで、ここに立っていられれば
いいのだが。
ホーホー ホタルコイ
ホーホー ヤマミチコイ
(1,193文字)
来年もみなさんの心が温かいものでありますように。
ピリカグランプリへの応募作品に想いを込めて。
しろくまきりん