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今日のおはなし

ブリアさんの店はいつも閉まっている。
ブリアさんの店はやっているのか、いないのかわからない。

ブリアさんは毎朝必ず店の前を掃除している。

そして「おはようございます。今日もお天気で良かったですね。」と声をかけてくれるのだ。

それはもちろん僕以外のひとにも同じだった。
店の前を通る人に優しく挨拶をしている。

晴れていなくても、雨の日でも、寒い冬の朝でも、暑い夏の日でも、ブリアさんは毎朝店の前を掃除しながら声をかけてくれるのだ。


僕は一度も、店に入ったことはない。
店のことについてブリアさんに尋ねたこともない。


店の名前は「cheese_pan」と書いてある。
パン屋なのか、聞いてみたいがなんとなく、もったいない気がしてきけない。

ある夜、店の前を通ると店から灯がもれていた。

「めずらしい」
そうおもって、見てみるといつもCLOSEDとなっている看板がOPENになっている。



入っていいのか、ちょっと気になったが、
でも、今日はやめておくことにした。

今日はちょっと嫌なことがあった。
中学からの親友を怒らせてしまったことだ。
長く付き合えば、それなりに慣れてしまう。
慣れるのは良いが、「ま、大丈夫だろう」とタカを括ったことを深く反省をしている。
謝ったつもりだが受け入れてもらったとは思えない様子に僕は若干苛立ってさえもいた。

「今日は早く帰って寝よう」


次の日の朝。
ブリアさんは、CLOSEDの看板を下げた店の前を掃除していた。
そして。

「いってらっしゃい、今日もお待ちしていますね。」
「え?」

振り返ってみるとブリアさん「おはようございます。今日も良いお天気ですね。」とほかの人に声をかけていた。

気のせいか?と思った。
でも「今日もお待ちしています」と確かに聞こえた気がした。






今日の帰り、ブリアさんの店は昨夜と同じように灯がもれていた。


僕は店の扉を開けた。


カランコロン

思い描いたドアベルの音がしてなぜかホッとした。
「おかえりなさい」とブリアさんが言った。


店の中は温かくほんのり薄暗いがそれは目にも心にも優しい明るさだと思った。僕は当たり前のようにカウンターの右端から2つ目に座った。

ブリアさんはあったかいおしぼりをくれて「ちょっと待っててね」といってキッチンに入った。

キッチンから、甘くて優しい香りがした。

「ミルクかな?」

しばらくするとブリアさんがもどってきて
「お待ちどうさま」といって僕の前にキラキラと光るトーストをおいた。

「スイートチーズバタートースト。っといってもただバターチーズのトーストにお砂糖をかけただけなんだけどね」とブリアさんはかわいらしく笑った。

トーストと一緒にオーツミルクが丁寧に泡立てられたラテが添えられた。


ほんわりとした湯気が眼鏡を曇らせたせいで僕は涙を流した。


「あいつとはもう仲直りができないかもしれない。親友だっていっても案外簡単なんだな。」

ブリアさんの作ったスイートチーズバタートースト。
バターの香りにキラキラ光るグラニュー糖がきれいだ。ひと口かじると、パンにしみ込んだバターとチーズから音楽が聞こえた。そして、カリカリと小さく奏でるパーカッションはグラニュー糖だ。愉快だな。
夜なのに、トーストって、朝かよ、
なんだよ、なんで泣いてんだよ、

僕は涙がとまらなくなっていた。


「あのね、」
ブリアさんが僕から少し離れたカウンターの中で言った。

「そのトーストのチーズ私の名前と同じなの。父がね昔牧場をやっていて。変よね、チーズの名前を娘につけるなんて。それでよくいじめられたわ。そのことで父とは何度もケンカして。父は謝ったけど。父が亡くなって聞いたの。母は私を生んですぐに死んじゃったんだけど、ブリア・サヴァラン、あ、チーズの名前ね、ブリア・サヴァランは母が一番好きなチーズだったんですって。そうか、ってだから。
父にちゃんと謝らなくちゃっておもったんだけどもう遅かったの。話したいことはちゃんと思った時に言わないとだめよね。きっともっと早くちゃんと話していたらね。」

ブリアさんはそれ以上何も言わなかった。


次の日、いつも通りの朝を迎えた。
ブリアさんは「おはようございます。今日もお天気でよかったですね。」言って笑った。

僕は、ポケットからスマートフォンを出し、親友に今日の夜の予定を聞くためにLINEを入れた。


おしまい




気恥ずかしくて言えないこと、後回しにしていること。
そう思った時はきっと伝えるサインなんですね。


いつも読んでくださってありがとうございます。


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