月日とともに
先日、銀杏並木のベンチに座り、まい泉のカツサンドを気取って食べた。
今年還暦を迎える夫と結婚して25年、銀婚の年にもあたる。5歳年下の私もいいお年頃。
体の至る所に不安を抱えながら日々を過ごしている。
描くのは穏やかでポカポカの縁側でお茶をすすること。
しかし現実はそんなこと限られた人だけに訪れる宝箱だろう。
夫はあまり上手に人生を送っていない、いわゆる不器用な人だ。なんどかの転職、体の不具合と少なからず葛藤しながら昭和の男として結構、強めに生きている。
還暦にもなると落ち着くどころか将来への不安と心の病みとが入り混じる。
簡単に「仕事辞めれば」とか、「好きなことして」「深く考えないで」なんてことは言えない。
病気と診断をされるに至らない中途半端な体はきっとすごくキツイのだろうと思う。
私はただ話を聞くだけで、やりたいことをやらせてあげれば良いと思って、何も知らぬ存ぜぬと、日々を過ごしている。
夫は私と違って写実的に物を描いたり作ったりすることができるが、Instagramなどのsnsへ投稿することなどは一切ない。
この時代にもったいないと思うが本人がそう腰を上げない限りは私が何かを言うことではない。
ツレがうつになりまして、を思い起こす。
そうかそうでないかは別として、25年の節目にずっと健康でいるという将来への勝手な願いは捨てて、夫への接し方を違う角度から見ることは必要なのだろうと思う。
縁側でポカポカと日向ぼっこしているような、そんな気持ちで。