スミさんとマルゴール三世
スミさんが縁側の窓を開けると、庭に猫がいた。
「マルゴール三世?」
それは昔、スミさんの夢の中に出てきた猫だった。
と言って、その夢は始まり、でもそれだけで終わったしまう不思議な夢だった。
随分見ていなかったが、スミさんはその猫を見て思い出していた。
その夢を見だしたのはスミさんが中学2年生の頃。
1960年代、イギリスのモデルツイッギーが一世を風靡し、周りの女子はみんなツイッギーのミニスカートを真似して履いていた。でもスミさんはあんなスカート中学生のくせにと言って流行には乗らず、でも実は後ろ髪を引かれながら中学生らしく勉強に励んでいたのだった。
急に大人びてツイッギーの真似をするのも、逆にスミさんのように鼻にかけてバカにするように反発する子も、いわゆるこの時期の思春期の子にはありがちな行動で、最近では「中二病」ともいわていると新聞で読んだことがある。
マルゴール三世はスミさんの夢の中で「守りに来た」と言った。
スミさんがその意味を理解することはなかったが、なぜか、ちょっぴり心が温まるような気持になっていた。
あれから60年以上が経った今、マルゴール三世は実際に現れスミさんの気持ちを知って守りに来てくれたのだろうか。
まさか、そんな奇想天外は話、あるわけがない。
しばらくして猫は、何も言わずスミさんの家の庭から出て行ってしまった。
「おばあちゃん!それエモイよ」
「エ、イモ?ってなんね、千夏ちゃん」
「エ・モ・イ、おとぎ話みたいやね!おばあちゃん」
「でも、猫はすぐにおらんようになったし」
「きっと確かめに来たんよ、おばあちゃんがいることを!素敵やわー、それぜったいに王子様が迎えに来たパターンよ」
「面白いこと良いよるね、千夏ちゃんは」
スミさんの娘はシングルで千夏を育てている。
そのため千夏は小さいころからスミさんといることが多く、いわゆるおばあちゃん子だった。
「ところでおばあちゃん、その夢ってその後どうなるん?」
「なんもなんも、マルゴール三世はいつもそう言ってすぐにいなくなるんよ」
「それはきっとおばあちゃんが何も言わないからじゃない?こんどその夢をみたらさ、『はい』とかなんか言ってみたら。あ、外国の猫だから『イエス』だね。」
「そうね、」
「うん、そうしたらまた、展開かわるかもよ!」
千夏に話した通りスミさんとマルゴール三世の夢はいつもその1シーンだけで、それ以上でも以下でもない。それにあの頃ほぼ毎日見ていた夢だったがスミさんが結婚をしてからはもうすっかり見ることは無くなっていた。
それから何十年と歳月が流れた。
子供たちが結婚してからは夫婦二人、穏やかに暮らしていたが、昨年、スミさんの旦那さんが急な心筋梗塞で倒れそのまま帰らぬ人となった。
スミさんはクリスチャンだった旦那さんの眠る十字架のかかった黒い棺に、火葬されるまでずっと寄り添い続けた。葬儀がおわるとその日からスミさんにとっていままで一度も味わったことのない虚無の極限状態の日々が続いた。そんなスミさんを見かねて千夏はよく遊びに来てくれてた。その時だけはなんとか気をまぎらわせることができたが、さみしさを完全に埋めることなどは到底できるものではなかった。
次の日の朝。
窓を開けると、またマルゴール三世がいた。
「マルゴール三世?あなたはマルゴール三世なの?」
「はい、いかにも、あなたを守りに来たのですよ、スーザン。」
「スー、ザン?」
「おばあちゃん!すごい!、メッチャ、ぶっ飛んでる!なんてすてきなの!おばちゃん、スーザンだって、かわいい!」
千夏が手を前に合わせ大興奮でこの話を聞いている。
「で?で、どうなんったの!おばあちゃんのことスーザンって呼んだのよね!もう猫じゃないじゃん!」
「それ以上はなんもないよ」
「なんだー」
「ね、ね、あした、あしたもくるかな?マルゴール三世」
「どうやろね」
「ね、あたし、今日とまってもいい?マルゴール三世見てみたい」
「うん、もちろん、ええよ」
そうは言ったものの、マルゴール三世が明日もくる保証はない。
それにまたあした庭にいたら、なんていえばいいのか。
でも楽しそうな千夏を見ているとスミさんも楽しくってきて、久しぶりにウキウキとした気持ちになっていた。
次の日の朝。
千夏が目を覚ますと、家の中はシーンとしていた。
「あれ?おばあちゃん?」
いつもなら台所から朝ごはんの支度をする音が聞こえる時間。
しかし、物音ひとつしない。
台所に行ってみたがスミさんもいなければ、支度をしていた様子もない。
心配になった千夏はスミさんの部屋に向かった。
トントン。
「おばあちゃん?はいるよ。」
スミさんが目を覚ます5分前。
血栓が脳につまり瀕死の状態に陥っていた。
千夏がその日泊まっていなければスミさんはきっと助からなかっただろう。
スミさんは久しぶりにマルゴール三世の夢を見ていた。
マルゴール三世はそう言って、去っていった。
「マルコス、、マルゴール三世、そうだったのね、あなたはあの頃から。」
スミさんが目を覚ますとベットの周りには目を真っ赤にした千夏とスミさんの娘が心配そうに見ていた。
「おばあちゃん、よかった!」
スミさんは自宅に戻り、縁側の窓を開けた。
庭の右の奥に桜の木が植えてある。
ブラジル人の夫マルコスは、日本の桜がとても好きだった。新居を探していた時も桜を植えるための庭にこだわりこの家を買った。この桜はその時、二人で植えたものだ。
「スーザンって、そんな風に呼ばれたこと、ありましたっけ?マルコス、あ、マルゴール三世。」
スミさんはなつかしく笑った。
桜の木の下に、何が埋まっているのか、
きっといつかマルゴール三世がやってきて、カリカリとあのかわいらしい前足で掘り起こしてくれるかもしれないと、小さは期待を寄せ、庭をながめていた。
(2,528文字)
大橋ちよさん、お恥ずかしながらなんだか思いついて本日ギリギリで応募いたしました。
選ばれたいなどそのような思いはもちろん全くありません。ただ今日窓を開けた時、そこにマルゴール三世がいたのです。
あとはなんとなく書いてしまったので、ファンタジーと言えるものであるかわかりませんがすみません。
どうぞよろしくお願いいたします。
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