忘れられないあの人〜白セレクト〜
noteというコミュニティには多様なる才能にあふれていて、それはもういつも驚かされるのだが、今回も改めてその思いを強くした。あるいは、それは、才能を引き出す企画の力かもしれない。改めて薫衣草殿に感謝と敬意を表したい。
さて、今回の俺の役目は投稿されたものから一句選ぶこと。珠玉の作品群にあってそれはなかなかに難題ではあるのだが、俳句とその背景を語るという今回の企画の主旨を自分なりに受け取り、その両方の相乗効果で我が琴線に触れた作品を選びたい。
白セレクト一句
立ち退きを耐へた居酒屋温め酒 夜音友
我が盟友、夜音友氏の作品。
生きてきた年代が近いからかもしれないが、句を読み、背景を読んだ中で、俺自身の心にも浮かび上がる一軒があったのがその理由だ。
「立ち退きに」という不穏な空気をまとった上五は「耐えた居酒屋」と中七で場所の明示とともに着地する。この部分を文語ではなく口語表記を選んだのは、背景に語られる平成初期という時代に沿わせたからだろうか。
これを受けとめるのが、晩秋の季語「温め酒」だ。この季語は、「あたためざけ」「ぬくめざけ」と二通りの読みがあるが、ここは「ぬくめざけ」
居酒屋と酒とは、近さを気にするところもあるだろうが、もともとは重陽の節句に、病気にかからないようにと飲まれる、温めた酒のことだ。そんな人の温もりを持つ季語「温め酒」は、なんともこのエピソードにぴったりの斡旋ではないか。
俺の記憶の店は、居酒屋ではないが高校の通学路にあった、当時の高校生の寂しい懐事情に優しい価格設定の小さないか焼きの店だ。
いか焼きといってもイカ丸ごとのアレではなく、クレープのような生地にイカを入れたタイプのもの。
電車の線路沿いにあったその店は、絶妙な味の生地で、おやつ系からおかず系まで幅広いレパートリーがあった。
今はもう店をたたんでしまい、あの味を再現する術もないが、たまに食べたくなるなあ。
よねちゃんの句はそんな思い出が立ち上がる素敵な句だった。