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冒険譚とも言えぬ話

「わたしはね、見てみたい、と、そう言ったんですよ。」

男は苛立ちを募らせ、そう答えた。濁った瞳をしている。

「それはつまり、もう、覚悟は決まっている、と、そう言いたいのだな。」

返す男の言に感情は微塵も無い。

「ええ、何もかもが含まれている、そう受け取っていただいて構いません。」

しゃがれた声でそう応じると目の前に残っていた生温い麦酒を飲み干した。

「ならば、わかった。では相応の準備をしてもう一度ここに来い。」

その言葉に、歓喜の入り混じった表情で、だが声を抑え問いを重ねる。

「いつを予定といたしましょう。」

「そうさな、ひと月もあればよかろう。」

焦れる響きも意に介さず淡々と告げる。

「では、ひと月後こちらでお待ち申し上げる。」

そう言うと2人は会計を済ませ、別々の方向へと歩み去っていった。

ひと月後、2人は、とある山の頂近くの虚(うろ)にいた。

なぜ斯様なところに、ぽかりと大きな穴が空いているのか、それはまさしく自然の摂理であったが、2人の考えが及ぶところではなかった。

ただ、そこに立ち込める臭気、獣臭には辟易した。

「ここですか。」

「ああ、ここだ。入るか。」

男は最後に念押した。これより先に進めばもう逃げることは叶わないからだ。

「ええ。入りましょうとも。」

何の逡巡もなく、もう一人の男が言った。そうして二人は、穴に溶け込んだ。

一歩進むごとに深みを増す闇を祓うようにトーチを掲げると、奥へ奥へと進んでいく。

時折何かが蠢く気配を肌に感じながら歩き続けて、幾許かの時が流れた頃、前方にぼんやりとした光源を見た気がした。

或いはそれはトーチの光を映したものであったかもしれない。

ともかくも、薄ぼんやりとした光を前方に確認すると、前を行く男が口を開いた。

「あそこだ。幸運だったな。」

抑揚のない声が耳に届いたが、しかしその意図するものは後ろの男にも伝わった。やっと心に掛かっていた思いが成就するのだ。幸運以外の何物でもない。

ゆらり。

大気とともにトーチの炎が揺らめく。続いて、獣とも鳥ともつかぬような咆哮がけたたましく辺りを震わせた。

「おい、土産を出せ。愚図愚図するなよ。」

前方を注視したまま、前に立つ男が指示を出す。その言葉に含まれた微かな怯えの色が、後ろに従っていた男の背に冷たい汗を流させた。

取り出した金塊、宝石、大小様々なそれらを前にして、二人は声のした方へと足を進める。だが、先程の怒気を含んだ緊張は確かにもう感じられなかった。

「あれが……。」

その雄々しき姿を目にした男は、それまでの恐れを忘れたように、ただ茫然とそこに立ち尽くしている。

この世の宝という宝を無造作に集めたように、眩いばかりの輝きを放つ、その宝物の頂が形を崩し、立ち上がる。

ぼんやりと浮かび上がるそのシルエットは、これまでに見たどんな鳥類よりも大きくその両翼を広げていた。

「はやく渡せ!頭を下げろ!」

叫ぶやいなや、立ちすくむ男を地に叩きつけるように引き倒し、その荷を胸に抱える。同時に何か大きな塊が、それまで男の立っていた空間を切り裂いて通り過ぎ、そしてほんの一間ほど先に降り立った。

投げ捨てられたトーチの炎に照らされたそれはまさに大鷲の特徴と獅子の特徴とを兼ね備えた姿であった。

「これがグリフィン……。」

すぐ横で息を呑む音が聞こえる。しかし、それに応えている暇はない。先ほど胸に抱いた荷をほどき、大きく口を広げた状態で、ジリジリと前に進む。張り詰めた緊張がまさに切れそうなその瞬間、男は荷をその場に下ろしてすぐに後退りをした。

鷲獅子は男を一瞥するも直ぐに興味を無くし、その置かれた荷の下へ身体を寄せる。その様子を一度たりとも目を逸らさず見ていた男は、倒れたまま感嘆の息を洩らしていた男に合図を送る。

「今だ、帰るぞ。いいか、お前の手土産に意識が向いている今が唯一のチャンスだ。ついてくるかどうかはお前次第。俺は今から戻るが、お前の面倒は一切見ない。これで契約は終了だ。」

言うや否や、落ちたまま燃えていたトーチを拾いそのまま後退りを続ける。此処の主はそれに気づいてはいるだろうが、全く意に介さず、一心に宝物を品定めしている。

依頼をした男は、もう一度その姿を焼きつけるように注視し、それから先に行く男と同様の姿でその場を離れ始めた。

寸刻の後、二人はもといた山頂へと無事に辿り着き、そしてそこから一言も言葉を交わすことなく、山を降りた。


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