【小説】『うまれた』第4話
わたしが藍奈を出産した病院は、翌日からもう完全母子同室だった。陣痛中は、夫にずっとそばについてほしかったこともあって、個室の部屋をお願いしていたが、産んだ後は、四人部屋に移った。一人部屋だと、やはり、ある程度高い金額になってくるからだ。それに、四人部屋のほうがママ友もできて、寂しくない、とスマートフォンで見た先輩ママの声一覧には書いてあった。
実際四人部屋にしてみて、確かに孤独感はなかった。しかし、ママ友を作るほどの余裕もなかった。誰もがなかった。
みな、生まれたての命に手を焼いていた。産み落としたのは自分であるはずなのに、自分の中から出てきたはずなのに、新しい生命との付き合い方と、あるいは自分の体と心の変化と戦っていた。
ひょうひょうとして笑顔を絶やさないのは、助産師さんや看護婦さんだけだった。
新米ママたちにとって、赤ちゃんの間を飛びまわり、上手に吸えるように赤ちゃんの頭の角度を調節してくれたり、適温にしたミルクを哺乳瓶に入れて差し出したりしてくれる彼女らは、まさに、天使に見えたと思う。少なくとも、わたしには彼女らこそが天使だった。
産前によく聞いていた、自分が産んだ、生まれたての赤ん坊が天使に見えるという話。いったいそれは本当の話なのだろうかと疑ったほどだった。
確かに可愛い。腕の中でまだ細い手足を懸命に動かし、大きすぎる肌着に覆われている小さな赤ちゃんは、とても弱々しく、庇護する対象で、そして、可愛いのだと思う。
しかし、だ。はっきり言う。わたしは、藍奈を世界中のすべてと比べて、可愛さにおいてはその頂点に君臨する生き物だ、とにもかくにも可愛いと、その時は全く思えなかった。
清らかな天使には、見えなかった。
初めて分娩台の上で藍奈を抱いたときの感想と変わらなかった。
なんて小さくて、か弱くて、ひどく熱を持った生き物なのだろうと。
わたしが全力で守らなければならない生き物だった。そして、世界中でおそらくどの動植物よりも、命そのものの生き物なのだ。
初産での入院生活は五日間だった。円座が欠かせないほかは、わたしはいたって元気だった。あれほどの陣痛の痛みも、もう産んだ翌日には忘れていた。
ただ、疲労だけが蓄積していくのを感じていた。
とにかく、眠る時間がないのだ。
そして、それは今も、変わらない。
藍奈はよく泣く子だ。