ビールと水〜⑱コロイド中編、真犯人はプロリン
前回からの続き。
前回はコロイドの基礎理解編でした。今回はいよいよビールの濁りのメカニズムに迫ります。
ビールの濁りのメカニズム
タンパク質は濁る?
昔から「小麦はタンパク質が多いのでビールが濁る」とまことしやかに言われています。たしかに一面ではそのとおりです。しかし、タンパク質犯人説ではメカニズムに迫れていないし、多面的な理解にはなっていません。
既知の蛋白質の平均分子量は2万2000程度で、実際には数千から数万まで様々です。直径だと数nmから数十nmと言われていますが、1nmが10^-9mなので、ちょうどコロイドになりえる大きさといえます。
ところが、麦芽中のタンパク質は酵素によって分解され、実際にはコロイドを形成する大きさに至っていないことが多いです。また分解されずに残った高分子のタンパク質も、煮沸で変性しワールプールでトルーブとして沈殿したり、発酵タンクに移送した後はコールドトルーブとして取り除かれたりして、あまりビール中には残らないと考えられます。
つまり、ビール中に残っているタンパク質は低分子(またはアミノ酸)に分解されていることがほとんどです。さらに、疎水性が高いタンパク質やアミノ酸は最終的にはビールに残らないことが多いので、ビールに残っている低分子のタンパク質やアミノ酸の多くは親水性が高いと考えられます。そして、それらはその大きさからコロイドとして分散しているのではなく、完全に水に溶けていると考えられます。水に溶けていると濁りませんよね。
真犯人はプロリン
ではビールを濁らせる仕組みはどういうものでしょうか。真犯人を探すためにまずアミノ酸の構造を見てみましょう。
アミノ基(NH2)とカルボキシ基(COOH)に側鎖がついているものがアミノ酸です。アミノ基とカルボキシ基が脱水縮合して、アミノ酸同士が結合することをペプチド結合といい、タンパク質の2次構造を作ります。さらに側鎖同士が水素結合などで結びつくことで3次構造、4次構造ができあがります。(アミノ酸やタンパク質の構造に関しては詳細の説明は割愛します)
タンパク質を構成するアミノ酸は真核生物では21種類あると言われていますが、なかでもプロリンは特殊な構造をしています。
通常はNH2となっているアミノ基が環状構造に取り込まれている変わった構造をしています。この特殊な分子構造により、ペプチド結合をしたときに他のアミノ酸とは違った立体構造をとります。
上の図は、イソロイシンとプロリン2つが結合したトリペプチドの構造式/モデルです。ペプチド結合に使われる窒素原子が環状構造に取り込まれているため、プロリンを含まないタンパク質より立体配置が制限されます。
通常のタンパク質はもっと柔軟な立体構造をしていて、紐状に伸びたり折りたたまれたりします。3次構造以上の立体構造を保つのは、水素結合やジスルフィド結合という共有結合なのです。これに対してプロリンリッチなタンパク質は元々の立体配置があまり柔軟じゃないので、より構造が保ちやすい傾向があります。代表的なプロリンリッチなタンパク質である皮膚のコラーゲンは下記のような3重らせん構造になっています。
共犯者、ポリフェノール
ビールの濁りの真犯人がプロリンだとすると、その共犯者にあたるのがポリフェノールと言えます。
ベンゼン環にヒドロキシ基(-OH)がついたものの総称をフェノールと言いますが、ポリフェノールはフェノールを複数持つものの俗称です。カテキン、タンニン、ルチン、イソフラボン、アントシアニンなどのフラボノイドもポリフェノールに含まれます。多くの植物に含まれ、麦芽やホップにも含まれるのでビール中にも存在します。
ポリフェノールとタンパク質の相互作用
ポリフェノールの中には、プロリン認識部位(Proline Recognition Site)というのがあり、タンパク質(あるいはタンパク質の断片)の中にあるプロリンを多く含むエリアと水素結合をします。これがポリフェノールとタンパク質の相互作用(Protein-Polyphenol Interactions)ざっくり図にすると下記のような感じでしょうか。
この水素結合によってできた物質をProtein-Polyphenol Complex(タンパク質-ポリフェノール複合体)と言います。この物質がコロイド成立要件である直径10^-9から10^-7mの大きさになると、コロイド状の濁りになります。
タンパク質-ポリフェノール複合体はタンパク質をポリフェノールが分子間力(水素結合)で繋いでいるので、単一の分子ではありません。したがって、コロイド分類ではミセルコロイドになります。ミセルコロイドは分子コロイドよりは安定性が低いというのは前回触れました。(水素結合なので、前回例に出したラウリン酸のような疎水性相互作用よりは安定性が高いとは思います)
寒冷混濁(Chill Haze)の仕組み
安定性が低いとどうなるか。高温になると熱による運動エネルギーで結合が切れます。この場合は、分子間力である水素結合が切れて、元のタンパク質(タンパク質の断片)とポリフェノールに戻ることになります。そうなると直径10^-9mを下回ると今度はコロイドとして分散している状態ではなく、水に溶けている状態となります。なので濁りがなくなります。これが寒冷混濁(Chill Haze)の仕組みです。
次回へと続く
今回は、コロイド中編として、ビールの濁りのメカニズムであるタンパク質-ポリフェノール相互作用について説明してみました。プロリンというアミノ酸とポリフェノールが濁りの原因であり、これによってできるミセルコロイドが寒冷混濁を引き起こしています。
次回は、コロイド後編として濁りの安定性(Haze Stability)についてです。
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