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ビールと水〜⑲コロイド後編、濁りの安定性とは

前回からの続き。
前回はビールの濁りのメカニズムとしてタンパク質とポリフェノールの相互作用(Protein-Polyphenol Interactions)と寒冷混濁(Chill Haze)について触れました。今回は、Permanent HazeとHaze Stability(濁りの安定性)について。


濁りの安定性に関する議論

Permanet Hazeとは

Chill Hazeがビールが冷たくなったときの一時的な濁りで、温度が上がると再び濁りがなくなるのに対して、温度が上がっても濁っていることをPermanent Hazeといいます。タンパク質とポリフェノールの相互作用は、ポリフェノールのプロリン認識部位と、タンパク質のプロリンリッチな場所が水素結合することで形成されると前回話しました。時間が経過するとポリフェノールが重合反応してより高分子化し、タンパク質との間に共有結合を作るようになります。
つまりミセルコロイドが分子コロイドになってより安定したコロイドになります。

Haze Stabilityとは

最近よく聞くHaze Stability(濁りの安定性)とはどういうものか、考えていきましょう。安定性がない濁りは、時間の経過の中で缶やケグの中で清澄していき、底に沈殿物を作ります。沈殿物はポリフェノールや酵母が凝集されたものなので、苦みや辛みが強く不快なフレーバーになります。また、清澄した上澄みのビールは、本来のマウスフィールを備えていないことが多く、「狙いと違う!」となってしまいます。
濁りを安定させるには、酵母やミセルコロイドによって濁っている状態ではなく分子コロイドによる濁りであることが大事です。

pHと濁り

分子コロイドを作るには十分なタンパク質量、十分なポリフェノール量が必要ですが、もう一つ大事なのがpHです。タンパク質はpHによって荷電状態が変わることで変性します。形が変わり荷電状態が変わるのでポリフェノールとの相互作用ができやすいpHというのが存在します。
The New IPAには、タンパク質とポリフェノールの相互作用の結合はpHが4.2のときに最大化(pH3.7-4.2の間であればあまり大差ない)するという研究が紹介されています。つまり発酵後のドライホップのpHは、安定した濁りに繋がる分子コロイドの形成に最適のようです。
また、別の研究ではアルコール度数が上がるとタンパク質とポリフェノールの相互作用による濁りが最大化するpHが変化することも示唆されています。アルコール度数0%だとpH5.0-5.5で濁りが最大化し、ABV6%だとpH4.5-5.0、ABV12%だとpH4.5になります。
さらに重要なのは、分子の大きさです。エタノールが存在する状態でpHが4.5になると1μm以下の結合分子が増えるそうです。1μm=10^-6m、コロイドの条件は直径が10^-9〜10^-7m程度です。この研究が示唆するところは、pH4.5前後でドライホップをすると安定した濁りに繋がる分子コロイドができやすいということでしょうか。

発酵中のドライホップ

分子コロイドを作るための十分なタンパク質量を得ることができるタイミングは発酵前、または発酵中です。酵母の活動や沈殿により、発酵が終了すると液中のタンパク質量は減少します。品種によって違いはありますが、16%から42%も減少するという研究があります。発酵中のドライホップはAFDH(Active Fermentation Dry Hop)と言われますが、これには濁りを増して安定化させる効果がありそうです。

まとめると

前述の内容をまとめると下の図のようになると思います。(相変わらずのインチキポンチ絵です…)

濁りの安定とドライホップのイメージ図

麦芽vs非麦芽

同じ穀物なら、非麦芽より麦芽のほうがタンパク質とポリフェノールの相互作用が起きやすいです。これは発芽中に酵素がタンパク質を分解することで、分子量の小さいタンパク質やアミノ酸が多くなるためです。高分子すぎると醸造工程で凝固・沈殿したりして取り除かれてしまいます。
また、大麦でも小麦でも麦芽化するとタンパク質中のプロリンリッチな部分が増えるようです。大麦だと麦芽化すると7倍くらいになるという研究があります。大麦はホルデイン、小麦はグリアジンという糖タンパク質がプロリンを多く含むことが知られています。
酵素のタンパク質分解が原因なので、生小麦やフレークドオーツなどの非麦芽に限らず、Chit MaltなどのUndermodifide(発芽期間が短い)麦芽は、比較的濁りを生じにくいということが言えそうです。

安定した濁りを実現するホッププロダクト

最近は、Barth HaasのHopHazeやTotally Natural SolutionsのHopGain® Hazeなど濁りの安定性を実現するホッププロダクトが出ています。いずれも100%ホップ由来だそうです。

上はTotally Natural Solutionsのホッププロダクトを試したみた動画です。クリアなビールが一瞬にしてHazyになっていきます。タンパク質とポリフェノールの相互作用が促進されているようですが、化学反応としての詳細は分かりません。カンファレンスでTotally Natural Solutionsの人に聞いても詳しく教えてくれませんでした。企業秘密なんでしょうか。

次回へと続く

3回にわたってお送りしてきたコロイドと濁りの話がついに完結しました。次回からはいよいよこのシリーズのまとめに当たる水質とビアスタイルの話に突入します。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

新しいビールの紹介です。今年も出します「もりともり RICE ALE」。北杜市のお米農家さんとの共創です。

もりともり RICE ALE

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