古都の贅沢『ロッキングチェア』で揺られたい(全国バー行脚⑪京都2)
京都編第二弾は、前回取り上げたサンボア3軒以外に照準を合わせます。見出しに取ったロッキングチェアだけでなく、一度は行きたい、一度行ったらもう一度行きたい、通いたい。そんなバーが目白押しです。
■至宝『ロッキングチェア』
京都でお勧めのバーはどこかと聞かれたら、必ず名前を挙げるのは『ロッキングチェア』。人それぞれ好みがありますが、ガンガン飲みたい人も一杯だけ堪能したい人も、オーセンティック好きもカジュアル派も、おひとり様も仲間同士も、飲むだけじゃなく食べたい人も、観光の思い出が欲しい人も通う場所が欲しい人も、誰もが満足できるバーだと思っています。
店舗はいわゆる町屋バー。町屋をリニューアルしてバーにした格好です。格子戸をくぐり、小路を歩いていざ入口へ。
店内に入ると左右にスペースが広がっていて、▽カウンター(約10席)と四人掛けのテーブルが2卓ある中央▽中庭があるカウンターに向かって左側▽暖炉(ガラス扉があるため正確には薪ストーブか)があるカウンターに向かって右側―の3つの空間に分かれている印象です。
左右の突き当たり、中庭が見える場所と暖炉の前には、本物のロッキングチェアがありますよ。何度目かの来店をした今年の夏、カウンターが満席のため、初めてこのロッキングチェアに通していただきました。ゆらゆらしながら本を読みつつ酒を飲む至福の時間。幸せ。いただいたのはジントニックです。
こちらのオーナーバーテンダーTさんは、バー業界の大物のひとり。日本一を決める「全国バーテンダー技能競技大会」と、世界大会の「ワールド・カクテル・チャンピオンシップ」の双方で総合優勝している方です。
ウイスキーも種々あります。あまりピーティーな気分ではない時に“おすすめ”を尋ねたら、出していただいたのが「ディーンストン」。ノンピートが好きな人は、ぜひ。
つまみも充実しているほか、パスタやグラタン、オムライスなどの食事もあります。私がいつも注文するのはレーズンバター。ラムがしっとり染みていて最高です。
コロナが流行する前は、外国人のお客さんがものすごくたくさん来店していて、予約なしではなかなか入れませんでした。お酒の充実ぶり、空間作り、気持ちの良い接客、全て文句なし。私がよくうろつく四条・木屋町の街中からはちょっと歩きますが、全く苦になりません。ロッキングチェアは、至宝のバーのひとつです。
■あのモスコを飲むために『K家』
次の『K家』さんは、何年も前に東京のバーテンダーに教わって訪れたバーで、京都で最初に好きになったお店です。
こちらも町屋バーで、雰囲気抜群。オーナーバーテンダーのKさんが優しく迎えてくれます。広い店でスタッフも多く、バックバーも縦に五段、横に七段と縦横に広く大きく格好良い。テーブル席も多めで、六人用の贅沢な離れもあります。
K家では、個人的に明確なお勧めがあります。オリジナルのモスコ、「アイラモスコミュール」です。仕上げに西洋わさびを漬けたラフロイグ(アードベックの時もあり)を垂らすのが、ネーミングの所以。そのラフロイグ入りのビターズボトルが添えられるので、追加で垂らすのも自由。癖になる味で、これを飲むためだけに行っても良い店です。必飲です。もう一度言います。必飲です。
なお、このK家は「本館」で、近くに別館もあります。別館には一度しか入ったことがありませんが、同じモスコが飲めました。
■森見登美彦がモデルにした『凜ト』
京都を舞台にした小説を書いて書いて書きまくっている作家、森見登美彦。彼が2018年に出した小説「熱帯」には「夜の翼」という名前のバーが出てきますが、そのモデルになった店が先斗町の『凜ト』です。先斗町を河原町駅側から入ってすぐ右手の地下一階がそこ。
小説の描写を引用すると……。
「その酒場『夜の翼』は船室のような小さな店でした。カウンター席でウイスキーを飲みながら耳を澄ますと、先斗町の石畳の賑わいが潮騒のように聞こえてきて、先斗町の上空に浮かんでいるような感覚を味わうことができます」
店内は約10席のカウンターメインで、2卓ほどあるテーブルは半個室のような造りです。もちろん小説の描写そのままというわけではなく、例えば石畳の賑わいは聞こえません。
ただ、「船室」感はありますし、鴨川に面した窓がある所は描写の通りです。
小説では「鴨川に面した円い窓の前に唯一のソファー席があり〜」となっていますが、むしろバックバーの向こうに鴨川が流れ、カウンター席からチラ見できるところは現実の方が好きかも。
店内には森見登美彦のサインが複数あり、夜の翼に引っ掛けた関連カクテルもありました。これはそのひとつ「舞妓」。日本酒ベースのショートカクテルです。
森見登美彦の読者にはお馴染みの「偽電気ブラン」も。この「ニセ」の字は森見氏の直筆とのこと。ニセモノですが本物です(笑)。
森見登美彦好きはもちろん、バーが好きなら確実に刺さる空間です。そう、ノーマルのジントニックがプリマスジンで驚きました。私は一番好きなジンがプリマスなのです。良いバーだ!
■バーの京大『K6』
もし京都のバーに詳しい人がこれを読んでいたら、なぜ『K6』を最初に取り上げないのかと突っ込んでいるかもしれません。京都で最も有名なバーであり、多くの著名バーテンダーを輩出していることから「バーの京大」の異名を取ります。先のロッキングチェアのオーナーTさんも、K6で研鑽を積んだ時代があるのは有名な話。そんなお店を最初に出さなかったのは、私がひねくれているだけです。
ビルの外階段を登り二階へ。初めてK6に入ったその日、良い意味で想像を裏切られました。どっしり重厚なオーセンティックで、少し緊張するバーなのかなと思っていたのですが、むしろカジュアルに楽しめる空間。敷居が高いどころかアットホームでした。
面白いのは、左右の空間でコンセプトが異なり、担当のバーテンダーも分けていること。
店ができた初期は、入って左側の幅広いカウンターがある側だけだったようです。その後、隣の店が退店したためそちらにも出店。壁を壊してひとつにしたと聞きました。別の店だった空間をくっつけるところは、「バー行脚①」で取り上げた、網走の『ジアス』も同じです。
ただ、ジアスは店内をふたつのコンセプトに分けたりはしていません。K6は、大枠で言うと左は「ザ・オーセンティック」、右は「和気あいあいカジュアル」でしょうか。お客さんの中には、片側で飲み終えた後、反対側の空間に行き、同じ店内で“ハシゴ”をする人もいるらしいから面白い。
なお、有名なNオーナーは、新たに立ち上げた店舗『K36』にいることが多く、今はあまりK6には来ないようです。K36は東山区清水に建つ「ホテル青龍」の屋上にあるルーフトップバー。一度だけ伺ったことがありますが、おしゃれすぎてやられました。ここに書けるほどの知見がないので、そこから見えた風景だけ貼っておきます。
ところで、K6では店長のIさんの話が記憶に残っています。2022年で38歳ということでしたが、「私は独立しない。この店にいたい。バーをやりたいのではなく、K6がやりたい」と言う。
バーテンダーの多くは将来の独立を見据えているものです。しかし、それよりもK6で勤め上げたい思いが上回っているのですね。お客さんだけでなく、従業員の方の“K6愛”も凄い。
そんなK6には初来店の日と、さらにその翌日と2日続けてお世話になりました。美味しいお酒をたくさんいただいたのですが、はっきりしているのは、例によってバンク祭りをしたこと。
なお、「K」の文字が付きますが、上で言及したK家さんとK6グループとは特に関係がないそうです。
■グルテンフリーの新興バー『Maru@恵花』
歴史のあるバーや町屋バーが多い京都ですが、新たなバーもできています。木屋町通りの新しいビルに入居し、内装はクラブ風。昼はカフェで夜はバーという『Maru@恵花』は、22年6月にオープンしたばかり。
ロッキングチェア出身のバーテンダーNさんがこちらで勤め始めたという話を耳にして伺いました。スタンダードカクテルの美味しさはさすがです。カウンター席に座って上を見れば天井に鏡が貼ってあるという、まさにクラブ的な内装のバーですが、お酒の味はばっちり。
そして、このお店のキラーワードは「グルテンフリー」。オーナーの女性の発案で、グルテンフリーの食事がとても充実しています。
私としては、グルテンフリーのビールやジンまであってびっくりでした。写真のジンは麦ではなく、ワインからできているそうです。つまり原料は葡萄。
ワインを蒸留するとブランデーになりますが、そこに他の植物のエキスを混ぜたり、ジュニパーベリーを使ったりしているようです(たぶん)。個人的にはジュニパーベリーを使った蒸留酒ならみんなジンだよねって感じです。
蛇足ですが、このお店の代表を務めている方は、某有名アイドルグループのメンバーのお父さん。名前はあえて書きませんが、店名からギリギリ推測可能です。お父さん、お話上手で親しみやすい方でした。
長くなりました。ここに挙げたバーは、K36を除けば全て歩いて行ける範囲にあります。また早く京都に行きたい。(了)