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不誠実な「アポイント」と、誠実な「飛び込み訪問」


ヒントを探して「岐阜県」へ

私にとって、旅は人生のヒント。
匂いや音といった五感だけではなく、旅先で出会う人々の考え方や社会の仕組みも参考にさせていただきます。以前、ご紹介したイタリアのプロジェッタツィオーネの精神や、フィンランドで体験した循環で心を満たす仕組みは、現在のSHIROを語るうえで欠かせません。
 
2024年8月、新しいヒントを求めて訪れたのが、岐阜県です。
2年後にリニューアルオープンを予定している砂川パークホテルを素敵な居場所にするヒントを掴むべく、弾丸で旅をしてきました。
 
砂川パークホテルは、かつて砂川のシンボルになることを目指して建設されたシティホテルです。「結婚式を挙げられるホテルをつくりたい」という市民の声のもと、地元市民の出資によって開業されました。宿泊施設という機能だけではなく、歴史や精神面で砂川のシンボル的なホテルとなっています。
 
この施設を、SHIROが譲り受けることになり、リニューアルオープンを目指したプロジェクトが発足しました。もともとは2027年のオープンを目指していましたが、早く砂川の人たちに新施設をお見せしたい。そんな想いから、オープン計画を前倒しの予定をしています。
 
でも、現段階ではホテルの詳細はほとんど決まっていませんでした。
どうすれば紡いできた歴史の価値を損なわずに、砂川内外から人が集まる施設にできるか。何があれば、もっと居心地の良い空間になるのか。自分の頭の中だけで考えていても、方向性が浮かび上がってきません。
 
どうしたものかと頭を悩ませていたところ、紹介してもらったのが「みんなの森 ぎふメディアコスモス」です。プロジェクトをご一緒しているデザイナーの原田祐馬さんに教えてもらいました。聞けば、岐阜県岐阜市にある文化の複合施設とのこと。図書館や市民の交流センター、展示ギャラリーなどが併設された文化施設です。
 
早速スケジュールを調整して、2週間後には岐阜に向かうために新幹線に。
ふらっと見学するつもりで訪れた図書館には、私が想像していた施設とはまるで違う光景が広がっていました。

話せて、遊べて、走れる図書館

みなさんは図書館と聞いて、どんな光景を思い浮かべますか?
私は少し無機質な印象を抱いていました。施設内は静かで、物音を立てると怒られてしまう、ちょっと緊張感があるイメージです。
 
でも、ぎふメディアコスモスは違いました。
本を読んでいる人の横で子どもたちが走り回って遊び、その反対側ではカップルがデートをしていて、別の場所ではおじいちゃんが海外出身の方に日本語を教えている。
 
集う人が息をひそめて会話をする姿は、そこはありません。
聞こえてくるのはたくさんの人の笑い声で、あたたかさに満ち溢れた空間は気持ちがよく、館内を散策していると気づけば2時間ほど経っていました。
施設内の掲示板に目をやると、婚活支援からきのこ狩り体験まで、たくさんのお知らせが掲示されていました。図書館という機能を通り越して、人々が集う場所になっているのです。
 
とくに私が感動したのは、自分の好きな本を紹介するスペースがあったこと。
お気に入りの本におすすめポイントを書き込んだメモが添えられていて、市民の方がどんな本を、どんな気持ちで読んでいるのかがわかります。メッセージを読んで気になった人がまたその本を借りるという循環は、素敵です。本や仕組みを通して、人と人とがつながり合える工夫が、ぎふメディアコスモスには張り巡らされていたのです。
 
図書館という枠で形容しきれないほどに豊かな施設を、毎日の暮らしの1コマとして使うことができる。行政の理想的なひとつの形が、そこにありました。

ルールではなく、余白をつくる

施設を見学して、すぐに東京に戻る予定でした。
でも、あまりに素晴らしい施設に感動して、どうしてもこの場所をつくった方にお話を伺いたくなってしまいました。急な思い付きだったので、いったい誰に連絡をすればいいのか分かりません。急いでインターネットで検索したところ、名前が出てきたのが、総合プロデューサーの吉成信夫さんでした。
 
気になった人には声をかけるのが私のスタイル。
ダメ元で「今、施設を訪れているのですが、お会いできませんか?」とメッセージをお送りしたところ、まさかの「10分後なら会えますよ」というお返事。興奮冷めやらぬまま、吉成さんから直接「ぎふメディアコスモス」がつくられた背景を伺うことができました。お話から浮かんできたのは、「人々の居場所」をつくりたいという明確なビジョンです。

「今までにない図書館をつくりたい、日本の図書館を変えていきたいと思っていました」

吉成さんは元から図書館運営のプロフェッショナルだったわけではありません。
それでも、明確なビジョンがあり、進むべき道が見えていたから、図書館というフィールドを「人々の居場所」に変えることができたのです。
 
私が吉成さんから学んだのは、「余白を残す空間づくり」です。
ぎふメディアコスモスの図書館は、「従来の図書館」の枠に縛られていません。来場者は思い思いに施設を使用することができ、その結果として活気にあふれ、新しいアイディアが生まれる空間になっていました。ルールや規則を設けることは、ある一定のクオリティを維持するために効果的です。でも、がんじがらめに縛ってしまうと、人々は生まれ持ったクリエイティビティを発揮できなくなります。
 
吉成さんの話を聞いていて、これからつくるホテルは、建物によって利用者の在り方が決められてしまうような場所にはしたくないと思いました。私にとって建築は、つくることがゴールではありません。何年もかけて、そこに集う人たちが、存在意義をつくりあげていく場所であってほしい。建築物はあくまでもスタート地点で、そこから変わっていくのが理想の姿です。

アポを取らない、誠実さ

ぎふメディアコスモスをインターネットで調べるだけだったら、こんな素敵な経験をすることはありませんでした。吉成さんに会いたいと思わなければ、施設の背景を伺うことも、砂川パークホテルにいかすこともできなかったでしょう。
 
今回の旅に限らず、これまでに得た人生のヒントは、事細かに予定を決めずに行動した結果の産物です。「何が起こるか分からないけれど、とりあえずやってみよう」という、ともすれば無計画な行動へのギフトとして、たくさんのヒントをいただいてきました。
 
だから、私はあえて、事前に計画することをしません。
いいなと思った施設があっても、最初から関係者にアポを取ることはほとんどせず、まずは自分の目で見て、心で感じてから、ご連絡するようにしています。事前にアポを取ってしまうと、もし共感できなかったとしても、お話を伺わなくてはなりません。相手に対して失礼なことだと思うのです。
 
見学は、見て学ぶと書きます。
でも、見学の本質は、そこではありません。見て、学んで、何に接続するかを考えることが重要なのだと思います。どう活かすかまで考え、実践することが、時間をいただいた方への恩返しになる。私はそう信じて、人に会うように心がけています。

(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)

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