山岡鉄次物語 父母編1-3
〈 奉公3〉辛苦の日々
☆頼正の材木問屋での奉公生活が始まっている。
材木問屋横畑木材の主人には乳飲み子が居たので、奉公を初めた頃の頼正の仕事は主に子守りだ。
横畑の家族は奥方の母親と跡取り娘の奥方、婿養子の主人と頼正と同じ年頃の長男と2人の弟たち、末の乳飲み子は女の子だった。7人家族だ。
主人は奥方に比べて無駄な口をきかない人で、仕事では厳しかったが、頼正には年相応の扱いをしてくれていた。
奥方はその顔つきから解るように、ヒステリックな口数の多い人で、頼正の扱いはまるで姑の嫁いびりのようだった。
奉公始めの頃の頼正は、奥方との関わりが多くて大変だった。
頼正は乳飲み子を背負うと、いつも郷里の幼い妹を思い出した。
頼正は思い巡らした。塩川市の妹みね子たちは、少しは成長したかな、みんな元気にしているかな、家族はみんな元気かな・・・。
いつしか郷里の山々の懐かしい景色に想いが至っていた。
しばらくすると、頼正は子守りをしながら、おむつの洗濯などの簡単な家事をこなすようになっていた。
郷里にいた頃、家の手伝いでは当たり前のようにやっていたので、難しい事ではなかった。
さらに時間が経過して・・頼正は子守りに慣れて来ると、早朝の構内掃除に始まり、洗濯、店の下働きや風呂焚き、一日中めいっぱい働いた。
後から後から休む間も無く、追われるように働かされていた。
頼正はいつも空腹だった。
奉公人の食事で、頼正はいつも一番最後になる為、短時間で済まさなければならない。
ある日、まごまごしていると奥方が形相を変えて怒鳴り付けた。
『早く済ませて片付けなさい。』
頼正は食事でも気が抜けない毎日だった。
ある程度食べられる時はまだいい、食事が一番最後になるので、炊いた米がおひつにほとんど残っていない時がある。
そんな時は水を飲んで空腹を満たした。
それでも食事を賄う係の若い女の奉公人が、時々握り飯を渡してくれた。
この人の名は芙美といって、福島県の浪江村から数年の約束で年季奉公に来ていた。頼正が来るまでは子守りをしていたとのことで、奥方からは厳しい扱いをされて来たようだ。
横畑木材には男の通いの奉公人が8人、問屋の雑用と賄い係の芙美がいた。
芙美は、頼正にとっては姉のように感じる優しい人だ。
奥方が目を光らせているので、厳しく扱われる事もあったが、姉のない頼正は優しい芙美の存在は、本当のお姉さんが出来たようで嬉しかった。
ある時、頼正は奥方から仕事が遅いとこっぴどく罵られ、奉公人の使う部屋で涙をこぼしていた。
部屋の前を通りかかった芙美は部屋に入って、頼正の事情を察したのか「大丈夫。」と声をかけながら静かに頼正を抱き締めた。
頼正は芙美の懐の温もりで悲しい気分が収まってくると、頬に感じる芙美の胸のふくらみにどきどきしていた。
頼正の中では奉公の辛さを解り合える芙美の存在が大きくなっていた。
問屋には他に事務をする30代ぐらいの小綺麗な色っぽい女の人がいたが、毎日ではなく好き勝手に勤めているようだった。
主人の情人とか妾とか噂がある人だ。
奥方のヒステリックなところの原因はこの人にあるようだ。
頼正は小学校に満足に通う事が出来なかった。
材木問屋の仕事で、取引の伝票に度々読めない文字が出てきて困っていた。
頼正が困っていると、芙美が文字の読み方をそっと教えてくれた。
ある時、芙美は頼正に文字の勉強になる本を渡した。
『頼正くん、これ使って。』
頼正は芙美から渡された本を使い、一日の仕事が終わった後に文字の独学をするのだ。
夜分、部屋の明かりが点いていると、奥方が慌ててやって来て語気を強くして言った。
『勉強をさせる為に雇った訳じぁないんだから。』
奥方に明かりを消されてしまうので、満足のいく勉強は出来なかった。
仕事の大変さは辛抱出来たが、まだまだ育ち盛り、空腹と文字が解らない事は、頼正にとって辛過ぎる毎日だった。
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