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山岡鉄次物語 父母編9-6

《 成長6》父母編のおわり

☆この見出し画像は私が撮ったもの。母を雲の彼方に送った5月の翌月、平成20年6月の富士山だ。この頃の私は放心状態で空の雲を眺めて過ごした。時おり富士山にも会いに出掛けていた。私にとっては母の雲と父の富士山と云える。

☆戦禍を乗り越えて結ばれ、子育ての為に夢中で働いていた頃の頼正と珠恵の物語は、本編においては最後の話となる。

運送部門の責任者となった頼正は、家族の為に朝早くから夜遅くまで仕事に精を出していた。

頼正は時々、珠恵を伴って運送仕事に出掛けた。頼正と珠恵は、東京行きを共にする機会が何度かあった。

ある日の事、頼正は珠恵を東京への運搬トラックの助手として連れ出した。
仕事とは云え夫婦揃っての久しぶりの旅となった。

頼正は工場で働いている珠恵が、社宅の一部の妻たちの虐めにより、辛い思いをしている事を気にしていた。そんな珠恵を少しでも気晴らしに連れ出そうと思い、社長に願い出たのだ。

昭和30年代も終わる頃、この時、高速道路はまだ整備途上で、甲州街道をひた走って東京へ向かうのだ。

早朝に会社を出て、東京の現場まで運んだ木製建具を、建設中の住宅団地の中に運び込むのは、男でも骨の折れる作業だ。頼正の指示のもと、懸命に助手を務める珠恵であった。

国は昭和30年に住宅に困窮する勤労者の為に、住宅を供給する事を目的とした日本住宅公団を設立した。その後、都内の各所では設備の整った文化住宅の団地建設が盛んに行われ続けていたのだ。

積み荷を降ろしてからの帰り道は、夫婦一緒の楽しい旅の時間となった。
荷降ろしを済ませて、空腹で寄った江東区深川のトラック運転者向け食堂での昼食は楽しみだった。

母珠恵は年老いてから、時々当時を思い出して、目を輝かせて言っていた。
 
『深川で食べた鉄火丼が忘れられない。』

鉄火丼など、いつでも食べられる時代になったが、そういう事ではない。あの日あの時だったから、心の奥にいつまでも残っているのだ。

昭和40年代の初め頃、鉄次が中学時代に、頼正が製パン業を廃業した事による借金が終わった。頼正と珠恵は、廃業の後遺症からやっと抜け出ることが出来たのだ。

昭和44年、頼正家族は栄和木材工業の社宅から、蒼生市の本町通りの直ぐ近くの一戸建て住宅に引っ越した。
塩川市には頼正が相続した土地があった。この土地には梅の木が植えてあり、家族で梅の収穫に何度か行った事がある。
頼正はこの土地を処分した資金で、引っ越し当初は借家だったが、この家屋敷を自分の物にした。

山岡家の引っ越し生活は終止符を打った。

引っ越し生活から解放されていた頼正だが、昭和48年に始まったオイルショックの煽りを受け、昭和50年に勤め先の栄和木材工業が倒産してしまったのだ。
オイルショックとは中東戦争による原油の供給逼迫と原油価格の高騰による世界経済の混乱である。

不安に襲われた頼正たち一部の社員は、自分たちの給料を少しでも確保する為、法律違反とも知らずに、夜間、工場内に多量にあった合板をトラックで持ち出したのだ。後日自主的に返還したので、問題にされずに済んだが、この合板をお金に換えても大した金額にならない事が解った。

この時頼正は働き盛りの50歳だった。

現在の鉄次が思い出すのは、鉄次自身も50歳の時に、勤める会社の民事再生法による倒産を経験した。親子揃って何だろうと思った。

その後の頼正は、市内の家具製作会社で塗装の仕事をしていく。頼正は倒産前の栄和木材工業において、運送部から塗装部に仕事を変えていた事が役に立った。

昭和55年、頼正と珠恵は結婚した鉄次夫婦と同居生活を始めた。

頼正と珠恵にとって大事な子供たち、睦美、幸恵、鉄次、伸郎、親吾は大人になっても、何があっても、可愛い子供たちだ。
頼正と珠恵は子供たちが成長してからも、それぞれの人生の節目には共に喜び、出来る限りの協力をしていく。
また悩み事、問題への力添えは惜しまず、子供たちを陰ながら支えていくのだった。

頼正と珠恵は還暦を迎える頃からは、ふたりでドライブ旅行、会社仲間と温泉旅行を楽しめるようになった。
鉄次と市内や県外に住む子供たちには家族が増えて、たくさんの孫や曾孫に囲まれるようになった。

頼正と珠恵が、老いてゆく毎日の中でどんな思いでいたのかは、知る由もない。
珠恵は最後まで元気に歩いて日常生活を送る。頼正は最後の2年半ぐらいは病むことになるが、それまでは自分の足で生きていく。

頼正と珠恵は80歳代後半までの人生を全うした。

鉄次は物語の始めに、父と母を普通の人だろうと書いたが、物語を辿るうちに、普通に平凡に生きていく事が、いかに難しい事なのかを実感した。

父と母の生い立ちから始まった物語は、一旦終わりを迎える。頼正と珠恵の人生は鉄次の物語の中で、喜びや哀しみとともに、これからも続いていく。

父母編 完

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