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山岡鉄次物語 父母編8-1

《 守って1》家庭

☆頼正の妹八須子は民夫の連れ子と共に出て行く事になった。

蒼生市の織物景気が悪くなった影響で頼正の製パン事業も苦戦している時の事だった。

頼正と珠恵は八須子たちの所帯が、しばらくの間やって行けるぐらいの資金を、苦しくなっていた家計から何とか工面して、八須子たちを送りだすのだ。

八須子は遠慮無しだった。珠恵の普段使っている台所用品などを、「兄さん、これ欲しい。姉さん、これもらっていくね。」とやりたい放題だった。
それでも、珠恵は不安の種の八須子が出て行くのならと、欲しい物は八須子に持たせてやるのだ。

河間民夫と八須子は一人息子の圭一を連れて頼正のところを後にした。
住居は頼正が見つけて来た。
蒼生市の中心を南北に走る本町通りの南側で、通りから少し入ったところにある長屋を借りた。

民夫は市内の朝鮮系の人が営む三木商店という古物商に職を求めた。廃品回収業だ。ここでは主にお金になる金属を扱っていた。

この先、民夫と八須子は貧しい生活を送っていくが、圭一の下に3人の子供をもうけ、いずれ廃品回収業を自営するようになる。

八須子は頼正の苦心をよそに「兄さんに追い出された。」と、この後長い間、恩を仇で返すような毒言を吐き続けていくのだった。

私、山岡鉄次が成人した頃、子供同士の交流で八須子の家にいた事がある。細かな経緯は解らなかったが、鉄次が目の前にいるところで「頼正のバカ、正バカ。」と毒を吐いた。
鉄次は自分の父親の悪口に、なんという叔母だと呆れるばかりだった。

塩川の浪頼と花子の亡くなった後の実家では、頼正の弟たち忠司と和司が共同で自動車の整備工場を営んでいたが、経済問題で年中もめていた。
八須子は実家に行った時、蒼生市の頼正が弟たちのもめ事について言った言葉を、末の弟の和司にねじ曲げて伝えた事がある。
また八須子は弟の忠司のところでも、誰がこう言ったあゝ言ったと、もめる種を撒き散らしたのだ。
八須子の毒で弟たちのもめ事、忠司と和司の争いは激しくなるばかりだった。

頼正の事業は八須子たちへの出費でより苦しくなり、珠恵の守りたい家庭にも影響してきた。
まさに恩知らずな八須子を手助けしたことが、珠恵たちの家庭を経済的に苦しめていたのだ。

頼正は事業を盛り上げる為に、運転資金の融資を受けようと奔走していたが、保証人の問題で思う様には進まなかった。
この頃製パン職人の一人が独立したいと辞めていった。頼正は資金の乏しいなか、退職のお金を渡した。
独立の手助けをしてやりたかったが、満足するほどには出来なかった。

頼正は仕事が上手くいかなくなってから、ネオンの街で酒に手をのばす事が多くなっていた。
珠恵は、頼正が酒を飲んで夜遅く帰る日が多くなって来たのを心配していた。
頼正は家でも酒を飲むようになっていたが、飲み過ぎると世を恨んだ愚痴の多い酒に、家庭内が暗くなっていた。
珠恵は明るい家庭を作りたかったので、頼正が飲み過ぎないように、たしなめる機会が多くなった。

頼正は知らず知らずのうちに、外に酒を求める日が増えていった。

珠恵は思った。こんな生活を送っていたら、家庭が壊れてしまう。パン屋商売も駄目になっていく。

珠恵は家庭を守って行く為に、酒に逃げ込んでいる頼正を思い切って迎えに行く決心をする。
そして頼正が酒を飲みに行っている店に乗り込もうと思った。

珠恵は頼正の面子を考えて、我慢するべきだと躊躇ったが、珠恵にとっては家庭を守る事が優先した。

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