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ロシア語でよむ昔話 ウクライナ民話『てぶくろ』(2)


ロシア語でよむ昔話 ウクライナ民話『てぶくろ』(1)からの続き)



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ロシア語でよむ昔話 ウクライナ民話『てぶくろ』(1)~(8)





1.ロシア語で昔話をよむ


初級ロシア語の学習者を対象とした、児童文学や昔話の講読授業で、『てぶくろ Рукавичка』を読んだことがある。

講座開講の依頼を受けたのは、2022年2月末のロシアによるウクライナ侵攻から半年ほど経ったころだった。


もともと魔法昔話、民話、怪談などにとても興味があったので、ぜひともチャレンジしてみたいと感じた。

かつて、大学でゼミを担当したときに、ロシアの魔法昔話をテーマにしたことがあるが、私の方が夢中で楽しみ(毎週、資料の準備が楽しくて仕方がなかった)、ゼミ生をその楽しみに巻き込んだ記憶がある。

当時、学年で一番クールだった学生が、率先してゼミ誌の表紙絵を描いてくれたのも懐かしい思い出だ。


ただし、ウクライナ侵攻という現状を受けて、何か意味のある講読の授業にしたいと考えた。

『おおきなかぶ』、『イワンのばか』、あるいは『かえるの王女』や『ゆきむすめ』等々、どれも有名なロシアの昔話であるが、最初に読む作品としては、私のなかでの決め手に欠けていた。



2.ウクライナ民話をロシア語でよむということ


「侵攻後のいま読むなら、ウクライナ民話の『てぶくろ』以外にない」との思いは強かったが、ロシアによる侵攻が続くなか、ロシア語でウクライナの民話を講読するという一見矛盾をはらんだ試みについて、少なからず葛藤があった。

当時は、ロシア語を母語とするウクライナ避難児童の学校通訳にも従事しており、日々、ウクライナの人々のロシア語に対する複雑な思いを目の当たりにしていたので、なおさら簡単には決断できなかった。



3.ロシア語で『てぶくろ』をよむ


それでも、『てぶくろ』について私なりに調べていくうちに、挿絵画家のラチョフがキーウで学び、キーウやハルキウの出版社に挿絵を提供していたこと、ウクライナ詩人ザビラによる美しい民話詩『てぶくろ』が今でもウクライナの人々に深く愛されていること、ソヴィエト時代のロシア語版『てぶくろ』の出版が世界で親しまれるきっかけになったことなど、いろいろな事実を知ることとなった。

うまく授業として昇華できるか、自信は持てなかったが、とにかくウクライナ民話『てぶくろ』のロシア語講読にチャレンジしてみようと決意した。



4.ウクライナの避難児童のロシア語支援


侵攻後しばらく時間が経ち、ウクライナの人々の一部が日本にも避難先を求めはじめた頃、ある自治体から、ウクライナ避難児童へのロシア語通訳・翻訳支援を依頼された。

その頃すでに、ウクライナ人のロシア語母語話者が、母国にとって敵性語に相当するロシア語を忌避し、侵攻前まで第二言語として話していたウクライナ語の話者に移行する傾向が顕著になり、しばしば日本国内の報道でも取り上げられていた。

当時の私は、ウクライナ語の教科書は揃えていたが、完全に積読で、「こんにちは Добрий день」と「ありがとう Дякую」ぐらいしか話せなかった。

自治体からロシア語支援を依頼された際、また、受入校での保護者と教育関係者との顔合わせの際、「私はウクライナ語を話せず、ロシア語と日本語の通訳・翻訳の支援しかできないが、それで大丈夫なのか」と何度も確認をした。

顔合わせの時には、児童と保護者が互いにロシア語で会話をしており、保護者によれば児童の母語はロシア語だということだったので、私で何かお役に立てるならと通訳支援をお引き受けした。

ところが、支援をするうちに、時間の経過とともに、児童が母語のロシア語から次第にウクライナ語(ウクライナの学校の授業で長年習っていたとのこと)にシフトし始めるようになった。

事情が事情なので、私も「ロシア語の通訳・翻訳しかできない」などと悠長なことも言っていられず、必要に迫られて、「教科書 підручник」、「辞書 словник」などの最低限の語彙や、教科・科目関係のウクライナ語を覚えるようになり、次第にウクライナ語を身近に感じるようになっていった。

ウクライナの避難児童の支援に携わったことをきっかけに、少しずつウクライナ語やウクライナ文化に触れ始めたことも、『てぶくろ』講読の背中を押してくれたように思う。

ザビラのウクライナ民話詩『てぶくろ』や、ウクライナ語版『てぶくろ』に注釈を施せるようになるまでには、まだまだ気の遠くなるような時間がかかりそうだが、いつか自分の力で最後までよみとおしてみたい。


5.教材について


さまざまな学習歴をもつ社会人を対象にしたロシア語講読の授業では、なるべく受講者に負荷がかかり過ぎないように、毎回、注釈入りの教材を作成している。

これまで、作成した教材は授業のみで使用していたが、少し手直しをして、数回に分けてここに載せたいと思う(画像およびPDFファイル)。

『てぶくろ』を原文で読んでみたかった方、初級文法を終えて原文講読にチャレンジしてみたかった方、ロシア語を学ぶことに迷いや戸惑いを感じている学生さんや社会人の方々に、原文講読の楽しみを感じていただければ幸いである。



ロシア語でよむ昔話 ウクライナ民話『てぶくろ』(3)につづく)



※ ヘッダー写真の出典は、出典:ブラギニナ再話、ラチョフ挿絵『てぶくろ』1951年。