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大阪 立春歌舞伎特別公演 夜

『新版色讀売』『連獅子』『曾根崎心中』<白梅の芝居見物記>

 『新版色讀売 ちょいのせ』 上方喜劇への期待

 ”お染久松物”と呼ばれる作品群の一つである『新版色讀売』。
 初演は文久2年(1862)江戸守田座で、今回当代の鴈治郎丈が演じた油屋番頭善六は、四代目市川小團次がつとめていました。
 小團次は上方でしっかりと義太夫狂言を仕込まれた役者です。大坂の中ゥ芝居の名人達に師事しており、下積みから実力で大芝居の役者にのぼりつめて江戸下りを果たしました。「ちょいのせ」が小團次以後、上方役者によって演じ継がれてきた演目であることもうなずけます。

 油屋の娘お染と奉公人である久松の心中は、宝永10年(1710)正月に起こったとされます。長い間表沙汰にはされず、その心中が実際あったことであるとわかったのはごくごく最近のことのようです。
 元禄十六年(1703)に上演された『曾根崎心中』は、若い二人が自分たちの恋を貫き「未来成仏うたがいなき恋の手本となりにけり」と結んで終わる、非常にロマンティックに描かれた心中物でした。それため「心中を誘発してしまう」作品と見做されたからと思われますが、近松の原作は昭和になるまで再演されることはありませんでした。
 『曾根崎』以後、近松作品においても心中を題材にする作品で心中が美化されることはありません。
 お染の実家や芝居の周辺において、事件そのものの存在さえ有耶無耶にされていたのはやむを得ないことであったでしょう。

 また、お染久松物で描かれる人物は、近世演劇の性質上、実際に心中事件を起こした史実の二人を描くことを目的に上演を重ねて来たわけではない、と私は考えています。
 人形浄瑠璃や歌舞伎では、作品が作られた時代を象徴したり人々に大きな衝撃を与える問題を有した事件などを当て込むことは盛んに行われています。
 演じられる舞台は観客も含めその時代に生きていた人々の手によって作り出されているのですから、当然その時代の世相や考え方や事件などが作品に色濃く反映されるのは、演劇の性質上必然と言えます。

 ただ、この心中を芝居の趣向として用いてはいますが、作者は心中してしまった二人を描くことを作品の主題にはしていません。
 近世演劇、殊に人形浄瑠璃と題材を同じくしている演目は、例外なく天下統一の過程で起こった事をその中心的テーマに据えた上で描かれているからです。
 何故そうなっているかと言えば、近世演劇がまだ中世の芸能の伝統を色濃く残していたからだと、私は考えます。

 主人公となっている人物に関する伝承を後世に物語ること。
 それは物語られる人々に対する顕彰であり鎮魂であり慰霊です。
 古代からの日本における「物語られる」古典文学と同じ機能や精神を、近世演劇もその中心にしっかり持った上で近世においても発展していっている、と私は考えています。
 それが作品を世に問う芝居側の人々の思いであり、鬱憤ばらしであったり、語り継いでいくべき大切な精神だったと言えるのだと思います。

 時代が下ればその顕彰や鎮魂に対する疑問や別の視点や批判的な考え方も出てきます。物語れることに対して近世的な検証がすすめられ、時の政権に横やりを入れられつつも、遅々としてではありますが古典としてさらに発展を遂げていくこととなります。

 そうした考えをもつに至った理由を説明し証明することは一朝一夕にはいかないので今はひかえます。
 まずそうした前提が私の中にあるということだけ心に留め置いていただけたらと思います。
 前置きの方が長くなってしまいましたが、その上で今回の上演に関しての感想と、今後の期待を書いてみたいと思います。

 私は、『ちょいのせ』のような上方風の「喜劇」を大切に育てていって頂きたいと切に思っています。
 今回の上演に関して言えば、人形浄瑠璃文楽のチャリ場に比べれば、まだ見応えという点で不満は残りますが‥。

 鴈治郎丈の善六は、初演とは思えない味わいは出ていらっしゃいました。
 ただ、この人物が歴史上の誰をモデルとして描いているのか、その人物をいかにシニカルに描いて笑い飛ばそうとしているのかを考えると、もっと当たり役にまで育て上げて頂きたい演目である、と私は思います。
 この作品の中に込められた批判的精神の強さを考えれば、実は世相に鋭く切り込んでいく「喜劇」というものの、大変重要な精神まで昇華していくことがもっと求められる作品ではないか、と私には思われてなりません。

 この作品の初演された文久2年は、時の大老井伊直弼が討たれた桜田門外の変から2年後のことであり、直弼の三周忌にあたります。この変を起こしたのは17人の水戸藩浪士と1人の薩摩藩士でしたが、直弼の首を現場か持ち去ったのは薩摩藩士です。
 そして、この薩摩と縁の深かった人物が実は善六のモデルとなっている人物なのです。私にはこの上演が桜田門外の変と無関係であるようにはとても思えません。

 実際には、この桜田門外の変に関して表面上に伝えられている顛末とは違う政治的な動きを私は考えずにはいられないのですが‥。それはさておき、この事件が江戸庶民の中でどのように捉えられたのか。殊に江戸の芝居周辺の人々の思いとすれば、井伊の死はモデルとなった人物に対する積年の恨みに思う事件と重なっていたのではないかと推察します。
 その二重の悔しさややるせなさを抱え、鬱憤晴らしや批判精神を表現したいとの秘めた思いが芝居関係者やそれを享受する側にあって、そうした背景があった上での上演ではなかったか、と私には思えるのです。

 西洋で発達していた社会や政治に対しての深い洞察の上に成り立っていた「喜劇」が、能楽をさらに遡り日本が統一国家として意識された古代から、しっかり発達していたことは明らかだと私は考えます。
 上方喜劇として役者の職人芸として、もっとこうした作品を昇華していこうとする試みがあっていいように、私には思われます。

 昨年、藤山直美さんとの共演が上方でありました。
 残念ながら私は拝見しにいくことは出来ませんでしたが‥。
 喜劇というのは人間に対する鋭い洞察力がなければ成り立たない分野のように思います。そしてどんな不条理ややるせない思いも笑い飛ばしてしまうことによって、人間が持つ生命力の発露となるのであり、また、人々に強い力を与えてくれるものだと思います。
 どんなことも笑い飛ばしてしまえる上質の喜劇を生み出していける可能性を歌舞伎ももっているように、私には思われます。

 人形振りなども職人としての役者の芸を駆使しつつ、「笑い」の奥深さを追求出来る歌舞伎の底力を見せて頂いてこその、古典芸能のように私には思われます。
 上方歌舞伎への期待という思いで書かせて頂きました。

 連獅子

 歌舞伎座では、10才そこそこのコロコロとした子供らしい仔獅子に、若々しく力強い親獅子の共演で沸き返っていましたが、この松竹座においても、すでに立派に成長しつつある溌剌とした中村虎之介丈の仔獅子と、どっしりとした大人の貫禄を見せる中村扇雀丈の親獅子による共演は、大変見応えのある舞台となっていました。
 大歌舞伎ならではの舞台で、上方の観客にも歓迎される演目だとは思いますが、せっかく上方役者が揃った中で、お二人が『連獅子』だけの出演であったのは、とっても残念に感じられました。

 曾根崎心中

 『曾根崎心中』は、後世「東洋のシェークスピア」と評される近松門左衛門の人形浄瑠璃における代表作の一つです。
 初演当時、上演していた竹本座の借金をすべて返済してしまう程の當を取ったとされますが、昭和28年宇野信夫脚色で歌舞伎として上演されるまで、原作の上演はありませんでした。現在文楽で上演されているものも、昭和30年に野澤松之輔による脚本脚色作曲で復活上演されたものです。
 
 初演以後、登場人物である九平次を敵役として強調した改作があったようですが今確認する余裕がありません。
 ただ、先に書いたようにお染久松と同様、この作品もやはり安土桃山時代の事件を取り扱っており、芝居側の思いとしては九平次をさらに敵役として強調しようとするのは当然の流れであり、出来の善し悪しは別として原作を発展させよう試みていたのではなかったかと推察します。

 『曾根崎心中』は歴史の教科書にも載っているような大事件の「実は‥」を描いた作品です。正史では決して描かれない歴史の裏側。それを心中事件を隠れ蓑に描いていると私は考えています。
 もちろん、曾根崎での若い二人の純愛の末路に近松自身が心を動かされ、それを歴史上の人物の純愛に結び付けたのであろうことは想像に難くありません。
 ここで描かれている歴史上の人物は誰でも知っている大物であり、近松門左衛門はその人物達の五代後の子孫であるのではないか。先祖への鎮魂、慰霊の思いが強いがあり描かれたものではないかと私は推察しています。

 例えば、近松と同時代の作者に紀海音がいますが、歴史の裏側を探っていく場合、海音の作品を所謂歴史的文献と併読しながら解明していく方が近松作品を解明するより容易にできるように思います。それはおそらく海音が文献を駆使しながら客観的に作品を描いているからだと思います。
 近松作品は歴史劇を客観的にではなく、非常に身内意識を強く持って描いているため、当初は歴史を探っていくのにはあまり適していないように私には思われていました。そのため、この作品が何を描いているかがなかなかつかめないでいました。

 一方近松の作品は、当事者意識、思い入れが非常に強い分、登場人物の思いや性根が色濃く描出されることとなり、芝居としては質の高い人々の琴線に触れる作品になっているように思われます。
 また、他からは得られないような、かなり近しい人物でなければ知らないような情報が入っているため、人物を造形する上では演劇的に非常に役に立つ描かれ方となっているのかもしれません。

 この作品が歴史上の大事件を扱っていることに私がはじめて気付いたのは、実は壱太郎丈がお初を演じはじめたばかりの舞台を拝見した時でした。
 お初は壱太郎丈のお祖父様の当たり役で初演以来ずっと演じてこられました。お祖父様の舞台ではその芸に魅せられていたため作品の本質にまで私の考えが至っていなかったのだと思います。
 壱太郎丈のお初は清新であり恋愛譚として色が濃すぎなかったことが、今思えばこの作品のテーマに気付くことが出来た要因のように思われます。

 やっと今回の舞台の感想になります。
 お祖父様が観客を魅了したような恋愛譚として、それが今の世の中でも共感されたり、憧れをもって見て頂けるものであれば、今回のような舞台をさらに突き詰めていけばよいようにも思われます。
 ただ、壱太郎丈と尾上右近丈で描く恋愛模様に対して、当代の観客が心を動かされるのか‥、SNSの反応を見ても疑問です。
 
 例えば、拒否反応を起こさせる作品であっても何かを考えさせ得るテーマがあれば、または、時代物のように時代を越えた人間の美学のようなものが描かれていれば、それはそれで古典としての存在意義があるように思います。
 結ばれたくとも結ばれることの出来ない悲恋が人々の心をつかむことが出来た昭和の時代であれば、共感を得ることも出来たかも知れません。しかし、そうした悲恋を美しく描くだけで今の時代の女性の心をとらえることができるでしょうか。男性の心となればもっと難しいのでは‥と私には思われてしまいます。
 ここが世話物の難しいところのように思われます。

 近松の原作は「道行」を中心に、情緒的な詞章や音楽性によって心を動かされる作品となっているかと思います。
 その長所を生かすためにも、SNS風に言えば「イチャイチャ」した恋愛模様が全面に押し出されるより、徳兵衛やお初の心の葛藤に焦点を絞った方がいいように私には思われました。
 近松自身も、この二人の思いや人物像を描く上でも、そうした捉え方をする方が納得してくれるように、私には思われます。

 近松の原作においても、徳兵衛は単なるお人好しで弱く情けない人物として描かれているわけではありません。
 ただ、社会の中で自分の生き方を通したいと思いながら、大人の事情に翻弄され、信じていた人物に裏切られ、社会的な信用を根こそぎ失わされて切羽詰まった状態に、徳兵衛は追い込まれていきます。
 お初も、そんな徳兵衛を理解し励まし、回りがどう思おうと徳兵衛を信じる心が揺れるような女性ではありません。心を痛め心配するひたむきな思いとともに、どうにもならない状況に追い込まれた徳兵衛に、自身の潔白を証明する覚悟はあるかと返答を求める強い女性でもあります。

 単なる純粋で世間知らずな若者の恋愛譚で終わらず、このような劇的葛藤をうまく描くことが出来れば、道行における近松の美文も生きてくるのではないでしょうか。
 徳兵衛の描き方をさらに充実したものにすることにより、お初もさらに生きるように思われます。そうなれば『曾根崎心中』も、さらに古典的生命力を持った作品に昇華していくことが出来るように思うのですが、いかがでしょうか。
 
 『ちょいのせ』も『曾根崎心中』も可能性を感じさせて下さる舞台であったからこそ、さらに高い理想を書かせていただくことになってしまいました。ご容赦いただけたら幸いです。             
                        2024.3.3
 

 

 

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