「猫たち」…動物エッセイ①
飼い猫たちは、みな個性的なわが家の家族。私たちを癒し、楽しい話題を提供してくれる。ミケ、キィ、マク郎、ウメの思い出を綴っておこう。
■ 14年間、娘たちとともに成長のミケ
1995年、神柱宮そばのペット店から、メスの小さな三毛猫をもらい「ミケ」と名づけた。長女が小学1年生、次女は5歳だった。
その年の夏、北原町に家を建て引っ越す。
猫専用口で出入り自由のミケは、毎夜9時の猫会議に出て、友だちもできケンカもした。毎朝登校を見守り、近所の子ども達のアイドルになる。花火のごう音にミケが腰を抜かした神柱の〝箸感謝祭り〟は、もうなくなってしまった。
さまざまな獲物を持ち帰るミケ。ネズミの死体の前で叱られ、蝶やトンボを目の前で外に放たれるうち
「おみやげは喜んでもらえない・・・」
と悟ったようだ。しかし、庭には鳥の羽や頭部、腹をかじられ干からびたヤモリなどを発見しギョッとする。
猫ながらミケは音楽が分かる。娘たちが、リコーダーやキーボードをぴゃらぴゃらぴゅー、ぎゃんごんぎゃん、とめちゃくちゃに弾くと、
「まじめに弾きなさいよ」
と言わんばかりに、足をガブッと噛むのだ。
ジャズやクラシック、平井堅、ノラ・ジョーンズ、マイケル・ジャクソンが好みなのか、しっぽでリズムをとりリラックスしている。
西条秀樹、シンディ・ローパー、ミスター・チルドレンの曲だと、しっぽをパタパタさせイラついている。声質がお気に召さないのだろうか。
ある夜ミケは、交通事故にあい後ろ左足を骨折。手術と1週間の入院費は、熊本家族旅行を1泊に減らすなどして捻出した。
翌年産んだ赤ちゃん5匹はみんな貰われていき、その後、避妊手術を受けた。
足は不自由もなくずっと元気だったが、14歳の夏に体が弱り旅立ってしまう。ペットの葬儀場で火葬してもらい弔った。
娘たちとともに成長した14年間、ミケのおかげでわが家は実に楽しかった。ありがとう、ミケ
2009年7月26日記
■ 玉遊びが上手なキジ猫キィちゃん
2011年春、後にむこ殿となる畜産業の彼が、メスの子猫を連れて来た。牛舎に住むノラ猫一家が交通事故で次々と死に、最後の1匹だそう。ノラだが人慣れしていて可愛いいキジ猫、「キィ」と名づけた。
喪失感が重いのか、そばに誰もいないと不安がる。体調も心配だ。そのうち〝きしめん状〟のものが数本束になってお尻から出ているのを発見、そっこく病院へ。
先生はお尻から卵を採取し顕微鏡で見て、条虫と特定した。カエルなど食べないと生きていけない環境にいたようだ。薬を飲ませると、日に日に良く食べ元気に遊ぶようになった。
ある時、糸で連なった玉飾りから黄緑色だけ3つがはずされていた。猫の目の色識別能力は低いそうだが、キィちゃんで試すと、一番反応が良いのが黄緑色。
手芸用の小さなスポンジ玉を階段下から上に投げると、追いかけ手でひょいと下に転がし落とす。そして、口にくわえ持ってきては
「また投げてよ」
と、私の前にポロっと玉を落とすのだ。まるで犬!
ゴールキーパーもうまい。ゴールに見立てた箱に私が玉を転がすと、キィちゃんが手を出し阻止する。投げても両手ではね返すのだ。今年(2011年)は、サッカー女子ワールドカップで、なでしこジャパンが初優勝。キィちゃんは猫のなでしこジャパンだ。
時々庭で遊ばせていたら、目を離したすきに、とうとう行方不明に……。近所の捜索も、ポスターを貼りチラシを配っても、見つからない。やさしい誰かに飼われているといいのだが……。 2011年10月記
■ 仲が良いのか悪いのか? マク郎とウメ
キィちゃんを探す中で保護犬猫団体と知り合い、生後約半年のオス猫を引き取ることになった。グレーのしま模様のサバトラ猫。サバ(鯖)はフランス語でマクロー、それで「マク郎」と名づけた。腹や足先は白く瞳も愛らしいが、性格は内気なようだ。
その1か月後、霧島酒造の竹林で猫たちにエサを与える人から、キィちゃんにそっくりな猫情報が入り、夫と出向く。
実によく似た猫だが違う。しかし、その猫が夫に背伸びして寄りかかるので、連れ帰ることに・・・。梅の季節に来たメス猫だから、「ウメ」と名づける。
あれから10年、3度の引っ越しを経て、現在は下川東に2匹と母と暮らす私。引っ越しのたびに、完全室内飼い実現のため、脱走防止のDIYに勤しんだ。
かしこくて根性があるウメが、網戸を破る、手で開けるなど脱走をもくろむのだ。その後をついてマク郎も出ていってしまう。
サッシや網戸が開かないよう補助具をつけ、屋根裏に行かないようネットや板でふさぎ、網戸前に金網と角材で柵を作り……と、おかげでDIYの腕が上がったと思う。
マク郎は、現在10歳で体重5.5キロ。トイレで猫砂をかけるのが苦手で、近年うんちに砂をかけなくなった。
「猫の風上にも置けないやつだ!」
と、ウメも思っているに違いない。
ウメは、推定11歳で約5キロ。私たちの行動をよく監視している。避妊手術以降は腹の毛がうすい。執拗になめるせいだが、ストレスがある証拠だという。同居猫マク郎か、飼い主になにか不満があるのだろうか……。
2匹が仲なじむのに何年も要した。今は、隣り合って窓辺に座り、一緒に新聞紙に乗って私のじゃまをし、結託してドドドと駆けまわることで、ご飯やトイレそうじなど要望を訴えるようにもなった。
玄関の開閉時にうっかり脱走……がたまにある。マク郎はオスだけに近所の猫とケンカし、肩をかまれ熱が出て病院に……ということが2回あった。
外は交通事故やマダニやノミ問題など心配がつきない。追うと逃げるが、ドアを開け放しておくと、そのうち帰ってくるようになった。
2匹の天敵は、3歳の孫である。
「やつが来た!」
と2階に避難するのだが、あがって来ては触りたがる孫に、体を固くしてグッと耐えているのはえらい。表情はいかにも迷惑そうだ。帰っていくと、2匹はすぐに
「やれやれ」
と1階に下りてくる。
今の家と暮らしにすっかり馴染んだ2匹だが、高齢化にはあらがえない。カーテンレールに飛び乗らなくなったマク郎。棚へのジャンプに失敗するウメを見て、家具類で段差を設け、登りやすくしてやった。
高齢化は私たち母娘も同様だ。ウメとマク郎以降はもうペットは飼わないだろう。マク郎を保護団体からもらう時の誓約書に、最期まで飼う約束が明記されていた。
それと、65歳以上の一人暮らしの人には譲渡できない、となっている。高齢化社会における動物愛護の点から、とても重要な事だと思う。
2匹にマッサージやブラッシングをしてあげながら、
「マク郎・ウメのためにも、私は健康維持に努めねばならない……」
と思うこのごろである。
2022年6月記