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田舎の家を売り払う

 この夏、母の生まれ育った田舎の家が売れた。曽於市の奥、国道10号から少し入った所にある築70年ほどの木造の家だ。買い手は定年を迎えた関東からの移住者で、都城出身とのこと。

 売りに出したのは春。不動産屋は 
「このあたりの田舎の物件は、値段の付けようがない。欲しいという人がいるかどうか・・・」 
と不安げだった。私は 
「田舎暮らしをしたいという、県外からの移住希望者に期待する」 
と言い、値段は所有者である母の意向にそうようお願いした。 
 家の対面にある段々畑は農地法の制約で一般の人は買えない。所有権は移らないが、活用してほしいので〝プレゼント〟という事になった。

 それから間もなく、インターネットで物件を見た人からの問い合せが数件あり、反響に不動産屋が一番驚いていた。 
 母がきれいに整えてきた庭の写真では、植木にちょうどもも色の花が咲いて、古い家を引き立てていた。裏手の菜園には野菜の緑、中央にはゆずの木がある。 
 家は台所や風呂が今風に増築されており、昔の土間の台所はそのままで、タイル張りの流しやかまどが昭和初期の風情を残していた。憧れの田舎暮らしのイメージはこんな感じなのではないだろうか。

 母は、この家で高校生まで過ごし、結婚後は都城に住んで仕事や子育てをした。父親も夫も亡くなり、母親と一緒に田舎の家に住むこと数年、母親亡き後も、そのまま一人で暮らし、今年は75歳になる。

 母が元気で車を運転する今のうちは良いが、先々はどうしようか・・・と案ずるようになったのは、10年ほど前。私が40歳を超えた頃からだった。 
 私の仕事や活動の拠点は都城市だ。娘もそのうち結婚し、子育てでは私の協力も必要になるだろう。そこに親の見守りや介護が入ってくるのだろう。母を都城に連れもどしたい。

 困った事や悩みがあると、私はまず本を読む。図書館から『「田舎の家」をたたむということ』(堀込賢一著・講談社)を借りて読んだ。そこで思ったことは・・・ 
①まずは母のことを知ろう 
②母の気持ちを重視しよう 
③気長に徐々に取り組もう  だった。

 先々の心配を母と話題にすることはあったものの、実際行動に移したのは2年前。ほかの事情もあってのことだが、 
「母のことを知るには一緒に暮らすのが一番!」 
と、2匹の猫を連れて田舎に越してきた。 
 まず、親から引き継いだという田んぼに行き、母に詳細を聞きながら写真に撮った。以前は近所の人に米を作ってもらっていたが、今年で耕作放棄地3年目となる。  

 地図でも確認したいと曽於市役所へも出向いた。登記簿謄本と航空写真を照合してもらう。なんと忘れ去られた畑があった。 
「そういや、昔じぃちゃんと収穫に行ったことがある」 
と私は思い出した。小さな畑だがそこはもう竹やぶになっていた。 
 ついでに曽於市の移住推進施策について尋ねてみたが、その時はまだ、何も始めていないようだった。

 ともに暮らすと、母の物忘れの状態や地縁・交友関係がよく分かる。母の同級生の弟妹が次々と都会から帰って来た。都会の家を売り、故郷近くの温泉つき住宅を購入したらしい。いわゆるJターンというやつだ。そのさい、物件探しの相談先は目的地の役場だったそう。 
 兄弟そろって色々な所へ出かけ、とても楽しそうなので、こんな老後を過ごせる人は幸せだなと思う。

 そんな中、去年4月、母が都城に所有する貸家が空いた。母と一緒に都城にもどる最大のチャンス! と、仕事で毎日都城に行く私は、朝早い時間に掃除をし、自宅では〝断捨離〟を断行して、きたる引っ越しに備えた。

 一番たいへんだったのは母の説得である。「先を見すえないとね」と理解を示す時もあれば、「入居者を入れれば家賃収入が入るのに」「私はここに残るから、あんたは猫たちと行きなさいよ」などと12月の引っ越し日寸前まで、激しく文句を言われ続け、われながらあのストレスによく耐えたなと思う。高齢になると、経験のない新しいことを考えるのは、かなり苦痛なのだろう。

 売買契約のさい、やはり値下げ要望が出た。現状引き渡しなので、買い手はこれからリフォームをしなければならない。追加のお金がいるだろう。 
 しかし、浄化槽工事や移住者向けに曽於市の補助があると分かり、値下げ幅が少なくすんで助かった。

 これからは、わが家のように 
「次の世代にめんどうな事を引き継がない。親の代で解決しておきたい」 
という理由での不動産売却が増えてくるのではないかと思う。

 今の暮らしに慣れたからか、母がかなり優しくなった。最近では 
「今の時代、田舎の家はたいへんよ。私があのあたりで一番先に、親からの家を売ったわね」 
と周りに自慢げに話している。
    都城文化誌「霧」97号掲載(2016年9月)

 

 

 

  

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