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2015/1


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 年が明けて三学期の始業式の朝、一年A組の教室には、女子のアケオメの声が飛びかっている。
 野田卓也は、幼なじみの鈴木信二の席にべったりと張り付いて、教室のドアがあく度にそわそわと視線をやる。
 水野由紀がやって来るのを、気にかけているのだ。
 実は、昨年末、卓也は勇気をふりしぼって、水野に年賀状を送った。好きな女の子に年賀状を書いたのは生まれて初めてだった。結局、返事は来なかった。
「なぁ、シンジ、おまえ、年賀状とか出さなかったの?」
「メンドクセー」
 いかにも面倒臭そうに、信二は答える。
 信二は新年早々、大あくびを連発して、教室の真ん中の机の上につっぷしている。生まれつき焦げ茶色のやや長めの髪の毛には、ぴょんと、寝癖がついている。机の横を通り過ぎる女子の会話が聞こえて来る。
「鈴木くん、寝癖ついてるね」
「カワイイ!」
 卓也は思わず心の中で毒づく。こいつのどこが可愛いいんだか。
 卓也は信二の顔を覗き込む。瞳は卓也の方が大きい。信二の目は奥二重で切れ長だ。鼻も卓也の方がでかい。信二の鼻はすーっと細くて高さは普通だ。
 あれっ? 鼻ってでかい方が恰好いいのか? 卓也は首をかしげる。身長はくやしいけれど、頭一つ信二の方が高い。体重は? 同じくらいのはずだ。卓也にしてみれば、外見は信二と大差ないと思うのだ。
 それなのに、どうして、幼稚園の頃から、信二だけ女子にもてるのだろう? 突然、信二が目を開けた。
「わっ、近いよ、何やってんだよ!」
 と、そのとき、ガラッと教室のドアが開いて、水野がやって来た。
「アケオメー」
 声をかけられて、水野はうつむき加減で答えている。
 卓也の心臓が、ばくばく鳴り始める。手のひらが汗ばむ。
 何度も考えて答えが出なかった疑問が、卓也の頭の中を回り出す。いきなり年賀状を出すなんて、やっぱりどうかしていたかな。クラスメイトというだけでは、年賀状を出す理由にはならないかな。
 それとも……、
「ぼく、き、嫌われているのかな?」
「はっ? 誰に嫌われてるんだよ?」
 卓也は信二になら、なんでも話すことができる。女子にもてることに関しては妬ましい気持ちもあるけれど、やっぱり十年以上の付き合いの幼なじみだ。卓也が信頼して悩み事を相談できる相手は、信二しかいない。
「それで、おまえ、水野から年賀状の返事が来ないのを気にしているわけ?」
 卓也は小さくうなずく。
 信二はうーんと伸びをした。
「アケオメメール組じゃね?」
 新年のあいさつを、メールで済ませる子が多くなったのは、卓也も知っている。
「いや、水野さんは携帯を持ってないよ」
 卓也は信二の耳元でささやく。
「考えるのが、メンドクセー。待ってろ、直接、水野に聞いてきてやるから」
「ちょ、待てっ、ダメだって」
 慌てふためいた卓也は、信二を止めるのにタックルしてしまった。
 ガラガラ、ドッシャーン! 
 机と椅子がひっくりかえる。信二の背中に覆いかぶさるように、卓也はでかい鼻を打ち付けた。
「いってぇ……」
 卓也のうめき声は、黄色い声にかき消された。
「きゃーっ、鈴木くん、だいじょうぶ?」


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 大股で歩く信二の後ろに隠れるようにして、卓也は中腰で続く。空はどんよりとして雪が降り出しそうだ。冷たい風が吹くと、きーんと、耳が痛む。向かっているのは、ソフトボール部が練習している第二運動場だ。
「おい、シンジ、やっぱり止めておこう」
「別に、部活をしているところを、少し見るだけならいいだろう。水野のポジションってどこなのさ?」
「ピッチャー」
「すごいの?」
 わからないと、卓也は首をふる。
 帰宅部の二人はいつも一緒に帰る。
「それなら、なおさら確かめにいこうぜ」
 信二はとても楽しそうだ。
 卓也は不思議になった。信二は自分の恋愛にはまるで興味がないくせに。好きな女の子のタイプも聞いたことがない。夏休みには一度にたくさんの女子の告白を断ったという、うわさもある。
「タクの好みのタイプは、水野みたいな、ショートカットのスポーツ女子ね」
「タイプっていうか……」
 気が付くと、卓也は水野の姿を目で追うようになっていたのだ。水野さんはしっかりしているようで、おっちょこちょいのところがある。段差のないところでつまずいたり、お弁当のミートボールを床に転がして悲しそうにしたり。
 可愛いなと思う。ふいに、卓也は不安になった。
「シンジ、おまえさ、水野さんに告白されてないよな?」
 信二は首を横にふる。さらに付け加えた。
「おれさ、女子に告白されても、なんかしらけるんだよ」
 卓也は立ち止まった。もしかして、信二は男性が好きなのか? それなら安心していいのか? えっ? ひょっとして……、これは告白なのか。
「おまえ、なんか、とんちんかんなこと考えてないか?」
 信二も立ち止まった。


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「うちの両親って、スゲー仲が悪いだろう? 昔は怒鳴り声や、茶碗やコップが宙を舞ったけど、今じゃさ、冷戦っていうか、お互いに完全に無視している。なのに、離婚せずに夫婦でいる。おれ、家族とか愛とかよくわからないんだ」
 卓也は返事に困った。
 確かに、野田家の隣りの鈴木家からは、幼い頃はよく、どなり声や物が壊れる音が聞こえた。
 そんな夜、一人っ子の卓也は、建て売りの分譲住宅の二階の窓にはりついて、同じく一人っ子の信二の心配をした。
 野田家の子ども部屋の窓と、鈴木家の子ども部屋の窓の距離は数メートル。はしごを渡して、卓也は信二を助け出そうと考えたこともあった。
 卓也の両親は仲がいい。時々、幼い卓也がさみしくなったほどだ。
「ぼくも結婚とかはよくわからないけど、家庭ってそんなに悪いもんじゃないと思う。まぁ、結婚相手にもよるだろうけど」
「はぁ? 結婚? タク、おまえ、大丈夫かよ? 付き合う前から、結婚のことを考えてるわけ? 告白もまだだろうよ」
 信二は腹を抱えて笑い出した。
「こ、声がでかいよ」
 信二を傷つけまいと、言葉を選んだのに。
 かけ出した信二の背中を、卓也は追いかけた。
「おっ、ちょうど水野のやつ、投げてるじゃん」
 信二は第二運動場のフェンスにはりついている。
 卓也は鞄を抱えて、信二の足元にしゃがんでいる。ちらっと、ピッチング練習をしている水野を見て、再び、卓也は信二の陰に隠れる。ひらひらと雪が降り出した。
「寒いし、もう帰ろうよ」
「タク、おまえ、余計に目立ってるぞ、あ……」
 信二につつかれて、卓也はマフラーを顔に巻き付けて立ち上がった。
 見ると、白いボールがこちらへ転がってくる。ボールを追いかけて、水野が走ってくる。
 信二は、ガンバレと言葉を残して、すたすたと歩き始めた。


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 卓也はあわてた。頑張るも何も、ボールはフェンスの向こう側だ。もたもたしている間に、水野はボールに追いついて拾い上げた。フェンス越しだが、声の届く距離だ。えんじ色のジャージ姿の水野と目が合う。ますます、卓也はあわてた。
「あ、あのさ」
「野田くん、何してるの?」
 水野が首をかしげる。卓也は言葉に詰まる。運動場の女子の視線が、一斉に卓也に注がれる。無理。こんなシチュエーションで、告白なんて無理。って、そもそも、告白する心構えで会いに来たわけではない。それでも、必死に会話を考える。
「水野さん、すごい球、投げるんだね。腕をぐるんと回して投げたら、ぼ、ぼくなら、ボールがどっか飛んでいっちゃうよ……」
 告白どころか、年賀状のことも言い出せない。
 すると、
「まだまだ、もっと練習しなくちゃ」
 水野がくすっと笑った。
「そうだ、年賀状、ありがとう。うち、喪中なんだ。返事を出せなくて、ごめんね」
「喪中……、こちらこそ、ごめん」
 走って戻って行く水野を見送る。なんだ、返事が来なかったのは、嫌われていたわけではないんだ。
 卓也はにやける口元をマフラーで隠した。顔を上げる。白い雪が顔に舞い落ちる。なんだか温かい。
 次の角を曲がったところに、信二はいるはずだ。
 信二に教えてやろう。好きな子がいると、寒い日も、温かい気持ちになれること。会話がくすぐったいこと。明日、学校に来るのが楽しみになること。あいつはきっと鼻で笑うだろうけど、ちゃんと、話を聞いてくれるはずだ。 

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〜創作日記〜
誰かを「いいな」と想う気持ちは純粋で素敵だと思います。これを知らないで「欲望」だけに突っ走るような人間になると、社会悪ですし、周囲も迷惑すると考えています。恋愛は大変だけれど、ここをきちんと体験・通過しておかないと人としての成長はないでしょう。

©️白川美古都

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。