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YA「リンゴあめの味」(8月号)


2014/8


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  中学生になって初めての夏休みも、三分の一が終わろうとしている。時計の針は六時を回ったのにまだ外は明るい。由紀は宿題のノートを閉じた。そろそろ夏祭りに行く支度をしないと。親友の弘美と待ち合わせているのだ。
 由紀は階段をかけおりた。水色のジーンズに、お気に入りのプリントの白いTシャツを着ている。いつもなら、この恰好でショートカットに野球帽をかぶって、家を飛び出していく。でも、今日はそうはいかない。
「ねぇ、お母さん、あたしの浴衣、どこにしまった?」
「あら、珍しい。由紀が自分から、女の子の恰好をするなんて。おばあちゃんの部屋のタンスじゃない?」
 お母さんは台所から叫んだ。
「なによ、その言い方。だって、弘美と約束しちゃったんだもん」
 由紀は口をとがらせる。確かに、お母さんの言う通り、由紀は家ではスカートをはかない。小学生までは男の子に混じって、ずっと野球をしていた。中学生になってからは、ソフトボールに転向した。
 お母さんが由紀に買ってきたワンピースは、引き出しのおくで眠っている。久しぶりにスカートをはいたのは、中学校の入学式のセーラー服だ。最初の頃は、セーラー服のスカートをはくと、足がすーすーして落ち着かなかった。
「おばあちゃん、部屋に入るよ!」
 和室の前で声をかける。由紀が部屋に入ると、おばあちゃんはもうすでに浴衣を用意してくれていた。
「由紀ちゃん、夏祭りに行くんだろう。どれ、ばあちゃんが浴衣を着せてやろう。大きくなったから、お母さんの浴衣がいいだろう」
 畳の上には、真っ赤な浴衣と黒い帯が並んでいる。
「えっ、お母さん、こんなに派手な浴衣を持っていたの? でも、なんかちょっとデザインが古臭いし。あたしの青い浴衣は?」
 由紀は小学生のとき着ていた、青地に白い朝顔の浴衣を気に入っている。濃紺の帯もクールな感じで悪くない。弘美との約束をオーケーしたのは、この浴衣を着る自分をイメージしたからだ。おばあちゃんが、青い浴衣を出してくれる。
「着られるって……、えっ、うそっ?」
 由紀は浴衣の袖に、両腕を通して固まった。背中の布がつっぱって肩が動かせない。胸のふくらみも気になる。浴衣の裾はふくらはぎの真ん中辺りにきている。おばあちゃんは笑いだした。由紀は上手に笑えなかった。
「もう、いい。このままでいい」
 由紀はつぶやくと、かけ足で家を飛び出した。


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  でっかい夕日が天満神社の裏山にゆっくりと落ちていく。神社の前の道路にも屋台が出ている。人混みの中、待ち合わせの鳥居の前に、先に、弘美は着いていた。
「うわぁ、弘美、キレイ。女の子みたい、どうしちゃったの?」
 由紀は目を丸くした。弘美は蝶の模様の紫色の浴衣を着て、紅色の帯をしめて、下駄をはいている。いつも無造作に一つに結んでいる髪の毛を、まっすぐおろしている。体格の大きな弘美は、ソフトボール部ではキャッチャーだ。
「どうしちゃったのって、あんたこそ浴衣の約束はどうしたの」
「あっ、ごめん。浴衣、虫にくわれちゃってさ、穴があいてた」
 由紀はウソをついた。
「あたしだけ、なんかがんばっちゃって、バカみたいじゃない」
「そんなことない」
 由紀は首をふった。弘美には失礼だが、いつもの弘美はたくましくて、どちらかと言うと男っぽい。弘美がキャッチャーマスクをかぶって、さぁこいと構えると、ピッチャーの由紀はとても安心して投げられる。
 今夜の弘美はまるで別人だ。そう言えば、なんで、弘美は今夜の夏祭りに浴衣で来てとお願いしたのだろう。赤い鳥居をくぐると、いい匂いに包まれた。綿菓子、たこ焼き、焼きそば、リンゴ飴、チョコバナナ、べっこう飴もある。
「ねぇねぇ、何から食べる?」
 由紀は口元をぬぐう。ところが、
「まずは、お参りしようよ!」
 食いしん坊の弘美が、らしくないことを言った。


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 何十段もの石段を登り、賽銭箱に、由紀は十円玉を投げた。弘美は少し迷ってから、賽銭箱に五百円玉を投げた。由紀はぎょっとした。いつにない真剣な表情で長い間、弘美はお願い事をしている。
 後ろに並んでいる客が咳払いする。
  由紀は弘美の裾を引っ張った。弘美の願い事も、由紀と同じで、ソフトボール部のレギュラーだと思っていた。由紀はずっと野球をしていたせいで、まだ大きなソフトボールのボールに慣れないのだ。
「あっ、ごめん」
 弘美はお願い事をおえると、深呼吸した。それから、
「すぐに戻ってくるから」
 弘美は腕時計を見た。
   ジャスト七時だ。境内の牛の像の前に、ずんずんと弘美は向かって行く。あれっ? 鈴木くん? 由紀は背伸びした。まちがいない。同じ一年A組の鈴木くんだ。いつの間に、待ち合わせしていたのだろう?
 由紀が眺めていたら、弘美は本当にすぐに戻ってきた
「ふられちゃったぁ」
 ぺろっと舌を出した。
 ふられた? ということは、弘美は鈴木くんが好きだったの? 浴衣を着て来たのは、鈴木くんに見せる為だったんだ。
 えっ? 今度は、武田さん? 武田さんはピンクと白の水玉の浴衣を着ている。髪飾りのリボンもつけている。あっ、撃沈……。肩を落として鈴木くんから離れていく。次は平方さん? 黄緑色の浴衣に黄色の帯をしめている。
「鈴木くんにコクる会だよ」
「はぁ?」
 


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 由紀は信じられないと手を広げる。鈴木くんは確かにもてるけど、みんなで順番に告白するなんてどうかしてる。
「あんたは興味ないよね。でも、一人でコクるのは勇気がいるしさ。鈴木くんって大人っぽくて、何を考えているのかわからないし。まぁ、そこが、かっこいいんだけど。抜け駆け無しっていうルールで一カ月前から計画していたんだよ」
 由紀はもう言葉がない。一カ月前から、こんなことを計画していたの? って、あたしは知らないし。興味はないと断言されてしまうのは、なんだかさみしい。実際、興味がないことはない。気になる。
 平方さんも撃沈したようだ。ふと、鈴木くんは、誰が好きなんだろうと考えた。あたしがコクったら、どんな顔をするのかな? 返事は? ほんの少し想像して、由紀は我に返った。色あせたジーパンと、よれよれのTシャツ姿だ。
「ないない、アリエナイ」
「何が?」
「何でもない。さぁ、弘美、食べよう。どんどん食べるぞ。失恋の痛みは食べて癒すっていうじゃない」
 由紀は十個入りのたこ焼きを買って、弘美に差し出した。ちらっと、弘美の横顔を盗み見る。良かった。さほど落ち込んではなさそうだ。
「あーあ、もったいなかったかな」
「んっ? あー、お賽銭に五百円も出すなんて、もったいないよ」
 由紀はさいごのたこ焼きを口に放り込む。
   弘美はちがうと頭をふる。
「告白したことよ。だって、コクる前のドキドキがなくなっちゃった。告白する前は、鈴木くんを眺めるだけで、夢を見られたのに。近くを通ったり、話しかける用事があるだけで、ハッピーになれるたんだよ!」
 えっ? 由紀はたこ焼きでむせた。
  弘美は由紀の背中を叩きながら続ける。
「これから半年以上、同じクラスで勉強するのに。運が良ければ、二年生も三年生も同じクラスになったかもしれないのに」
 由紀は幼稚園のときの初恋を思いだした。
 由紀が好きになった背の高い男の子は、ある日、突然、引っ越してしまった。名前は間瀬ヨシタカくん。
   次の日から、由紀は幼稚園に行きたくなくなった。青空にぽっかりと穴があいたような気持ちだった。
「ちょっと、なんで、あんたがしょげてるのよ」
 弘美は由紀をつついて、豪快に笑いとばした。それから、大盛りの焼きそば、焼きトウモロコシ、チョコバナナを買っては見事にたいらげた。
   神社からの帰り道、由紀は空を見上げた。まんまるの月が出ている。
「間瀬くん、元気かなぁ……」
 ずいぶんと、久しぶりに思い出した。
   帰り際に買ったリンゴ飴をかじる。外側の飴は甘すぎて、内側のヒメリンゴは酸っぱい。いろんな味がする。とてもおいしいというわけではないのに、なぜだか、お祭りに来ると買ってしまう。
 由紀のとなりで、弘美は特大リンゴ飴にかじりついている。まるでゴリラだ。
「サルだと思ったでしょう?」
「惜しい!」
 由紀と弘美は顔を見合わせて笑い転げた。また恋がしたい。言葉にするかわり、由紀はもう一口リンゴ飴にかじりついた。

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〜創作日記〜
私の小中学生を過ごした街では、毎年、天満社のお祭りがありました。恋よりも屋台が好きでした(笑

©️白川美古都



新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。