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 キミと会ったのは、わたしが大学生のころ、地方で一人暮らしをはじめて、夏休みになんとなく帰りづらかった実家に帰省したら、やっぱり居場所がなくて後悔しながら荷物をおいた和室にて。

 半年前は自分の家だったはずのその家で、わたしはかんぺきに途方に暮れていて、和室の庭に面した窓のまえに正座した。キミはそんなわたしの膝の上によじのぼって、あたりまえのように丸くなった。

 なまえも知らなかった。
 モモっていうんだね。
 首輪のローマ字をながめて、
 小さな声で呼んでみた。

 ネコはふつうたくさんの兄弟、姉妹と生まれるんです、一匹だけ誕生するなんてアリエナイんです、先生は告げた。

 ヒトはふつうたくさんの親族、友だちに支えられて生きていくんです、一人で生きるなんてアリエナイんです、先生は言った。

 わたしはキミの毛の中に顔をうずめるのが好きだった。思いっきりキミのにおいを吸い込んで、むせる。キミは心外そうな顔をして、わたしをにらむ。あやまりながら、もう一度同じことをする。

 何度目かの里帰りのとき、キミの名を呼んで、キョトンとされる。キミの死を、わたしに知らせてくれる人はいなかった。初めて会ったあの日みたいに、小さな声で名前を呼ぶ。

 モモ
 モモ

 ネコのわりには長生きしたんだってね、病気のわりには長生きしたんだってね、ねぇ、それが……なに? わたしには短すぎるよ、もっとそばにいたかったし、もっとたくさんキミを抱きしめたかった。

 今夜はたくさんの人が家に集まっている。お祝いらしい。グラスにお酒を入れてベランダにでてしまうことはマナー違反らしい。お祝いの夜に、一人、涙をぽろぽろ流すことはいけなことらしい。

 モモ、わたしはまだ生きているらしいよ。

#日記 #エッセイ #猫 #うつ病 #心について考える

〜メモ〜
猫が好きです。

画像:dateman様

 

 

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言霊屋(ことだまや)〜言葉の「フリー素材」置き場です〜白川美古都
新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。