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YA【お月様欲しい】(6月号)


2015/6


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 月曜日の朝のホームルームで、二年B組の担任の林田は、先週から始まった漢字の小テストの中間発表をすると、突然言い出した。
 教室の中をブーイングが飛び交う。
 鈴音涼子はようやく漢字の問題集を閉じて、顔をあげた。
「朝からテンション高過ぎ……」
 涼子の独り言は、ブーイングにかき消される。
「心配するな。満点のやつだけ発表するからな」
「五十点なんて、いっぱいいるんじゃないの?」
 高峰美羽が林田に話しかける。
 美羽は林田のことが好きだとクラスメイトに公言している。バカみたい。涼子は毒づく。
「それがそうでもないんだなぁ」
 漢字の小テストは、国語の担当でもある林田が思いついて、先週の月曜日からいきなり始まった。一日十問十点満点で、月曜から金曜まで五日間行い、二週間の合計で百点になる計算だ。
 涼子はため息をつく。
 若い林田はこういう思い付きを、ノリと明るさと、イケメンと呼び声の高い笑顔で、あっという間に実行する。
 涼子は、塾の予習と宿題だけでも十分に忙しい。いい迷惑だ。それでも、悪い点を取るのは嫌だ。
 今日はちょうどテストの折り返し地点、二回目の月曜日だ。林田の大声と共に、先週の金曜日に行われた五回目のテストが返される。
「赤坂、惜しかったなぁ……」
「え、おれ、満点じゃないの? マジですか?」
 赤坂はテスト用紙を受け取り、頭を抱える。どうやら、四十九点みたいだ。満点のやつだけ発表すると、林田は言ったけれど、余計なことを言うから、点数はバレバレだ。女子の相川さんも惜しいと言われた。


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 涼子は少しドキドキしてきた。満点の自信はある。でも、気になることがある。金曜日の問題の一つ、悲哀の哀の字だ。珍しくすぐに思い出せずに、十分間の時間のギリギリに走り書きのように記入した。はねやとめは大丈夫だっただろうか?
「先生、なんで、これ×なの?」
 テストを返された井上さんが口を尖らせた。
「おまえ、ここ、はねてないだろう?」
「えーっ、はねてるよ、ほら、この角度から見ると、はねてるっぽくない?」
 井上さんは答案用紙を斜めに見せる。笑い声が起こる。
 涼子は笑えない。学習塾でも特に、はねには気を付けるように指導されている。答案を返却しながら、林田が机の間を歩いて来る。満点がいないまま、林田は涼子の机の横に来た。
「えーっ、鈴音……」
 なぜか、林田は沈黙した。
 不思議な間に、教室が静まり返る。な、何? 涼子は眼鏡を押さえて、林田と視線を合わせた。
 その瞬間、
「満点! パーフェクト! おめでとう!」
 林田は大声で叫んだ。沈黙は林田の演出だったようだが、誰にもうけなかった。教室は静かなままだ。誰かが、
「ガリベンオスズ」
 とつぶやいた。
「ん? 何か言ったか?」
 林田は鈍感だ。
 涼子はクラスの中で浮いている。
「この調子で百点満点を目指せ! 次……」
 答案用紙に目をやる。
 哀の字は急いで書いたのが幸いして自然とはねが出来ていた。胸をなでおろす。学校のテストくらい百点を取りたい。塾では満点どころか、平均点を取るのが精一杯だ。このままだと……、もう二度と、あんな思いはしたくない。
 涼子は中学受験に失敗した。


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 塾が終わるのは午後八時だ。
 塾の入っているビルの前は、迎えの車でいっぱいだ。
 涼子は青い車を探す。ナイ、お父さん、残業かなぁ。お父さんの迎えが間に合わなかった時には、明るい国道一号線沿いの道を歩く約束をしている。
 涼子は空を見上げた。曇り空のせいで、大好きなお月さまの姿が見えない。ふと、
「悲哀、崩れる、嫁、悔しい」
 涼子はつぶやいた。今日の塾の抜き打ちテストに、林田の漢字テストと同じ四問が出たのだ。おかげで、涼子は苦手な抜き打ちテストを平均点以上でパスした。嬉しさより、ホッとした。
 塾のテストの結果は親に連絡されるから。
 今頃、お母さんは、涼子の為に、青魚の料理を作っているはずだ。頭が良くなると信じているのだ。昼は弁当屋にパートに出て、涼子の学習塾の月謝を稼いでいる。
 頑張れ、頑張れとお母さんはいつも涼子を応援してくれる。
 涼子が私立中学校の受験に失敗した時、お母さんは怒らなかった。高校受験、大学受験で失敗しなければいいのよと、励ましてくれた。
 そう、お母さんは絶対に怒らない。怒らない子育て方と言うのを実践している真っ最中。
 理由は簡単だ。お姉ちゃんの育て方を間違えたのだと、お母さんは思い込んでいる。だから、次は、間違える訳にはいかないのだ。
 お母さんは、子育ての先生という人に高いお金を払って、方法論を学んできた。
「へんなの……」
 と同時に、何だか、お母さんが可愛そうに思う。
 お母さんの人生はどこに行ってしまったのだろう。私の人生はお母さんのモノではない。しかし、一生懸命過ぎるお母さんを見ていると、言葉にして反抗できない。
 
 お姉ちゃんは高校受験に失敗して、私立の女子高へ進んだ。そして、そのまま付属の短大に上がり、学生の時に好きな人ができて、おまけに子どもまでできちゃって、短大を中退した。
 今は結婚して幸せに暮らしている。
「そんな生き方、認めません」
 と、お母さんは、お姉ちゃんに怒鳴った。
 家を出る為に荷造りをしているお姉ちゃんの姿は、お母さんよりも、うんと輝いていた。

 涼子は立ち止まって、雨雲の向こうに、お月さまを探す。もうすぐ満月のはずだ。
 歳の離れたお姉ちゃんは、眠れない夜、涼子の布団でよくお月さまの絵本を読んでくれた。ホットケーキのようなお月さまの出て来る絵本だ。涼子はお姉ちゃんの声を聞き、お月さまの絵を見ると安心して眠れた。
「どんな生き方なら、認めてくれるの?」
 勉強していい高校へ進学して、また勉強していい大学へ入り、またまた勉強して一流会社に就職する。お母さんは、女も社会に出て活躍できる時代が来たのよ、羨ましいわと言う。
 それなら、自分が活躍すればいいのに。
 塾の鞄がずっしりと重たい。
 最近、この鞄を投げ捨てたくなることを、きっと、お母さんは知らない。


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 百点満点は取ってしまえばあっけなかった。
 金曜日の帰りのホームルームに、十枚目の答案用紙と、満点の者だけ発表された。またしても、女子の誰かが、ガリベンオスズとつぶやいたけれど、涼子は気にしてない。
 陰口を叩くようなレベルの低い輩と違う高校へ行く為にも、もっと勉強しないと。お母さんの為以外に、勉強する理由は、今はこれしか思い付かないから。
 涼子は安堵のため息をついて、鞄に答案用紙をしまう。と、
「二人目の満点がいまーす」
 林田は叫んだ。
 例によってもったいつけてから、
「な、なんと、高峰!」
「えーっ?」
 クラスのみんなが驚いた。
 当の美羽だけは飛び跳ねて喜んでいる。美羽は勉強ができる方ではない。英語の時間に当てられてもつっかえつっかえしか教科書を読めないし、数学の問題も前に出ても解けた試しがない。
「何かの間違いじゃないの」
 男子の声に、林田も首をかしげる。
「オレも最初そう思ったんだけど、それが正解してるんだなぁ」
「ひどーい」
 美羽はぶりっ子の声を出して、満面の笑みで答案を受け取る。中間発表の時も、まぐれまぐれと、クラスメイトにからかわれていた。
 全員の答案が返却された。四人いた満点は二人減って、涼子と美羽だけだった。
 美羽が調子に乗って、とんでもないことを言った。
「せんせーい、満点のご褒美とかないんですかあ?」
「あんた、それが目的でがり勉したの?」
 女子の声に、美羽はピースで応える。
 呆れた。涼子は言葉を失った。そんなクダラナイ理由で勉強を頑張れるなんて……、でも、美羽を羨ましいとも感じた。好きな人へのおねだり、なんて単純でわかり易い理由だ。自分はどうだろう。頭がぼんやりして来る。
「おまえ、何が欲しいんだ?」
 林田と美羽のやり取りに、クラスメイトが笑っている。
 その声は、涼子の耳には届かない。涼子はシャープペンを置く。欲しいモノ、欲しいモノ、あ、ひとつだけあった。
 懐かしくてあたたかい、
「お月さまほしい」
 声にしたけれど、騒がしい教室の中、誰も気づかない。

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〜創作日記〜
私がこういう中学生でした(笑 懐かしいというか、なんというか、今は親の教育方針とか、自分との距離の取り方にどうこう言うつもりはないけれど、親ガチャなんていう昔はなかった言葉を聞くとドキッとします。でもね、ガチャガチャって回し出すとキリがないと思うのよね(笑

©️白川美古都

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。