YA【俺は泣かない】(3月号)
今日、月ノ島中学校は卒業式だ。
三年二組の教室は、卒業生と先輩を送る後輩たちの姿でごった返している。
塚本敬は少し早く家を出て、最後の通学路を速足で歩いて教室へ入った。感動屋の敬は、ハンカチを二枚、こっそりかくし持っている。
今まで、うれしい時も悲しい時も、敬は感情を隠してきた。
親友の鈴村俊彦は、正反対の性格だ。俊彦は敬が恥ずかしくなるほどよろこんだり、泣くことがあった。俊彦は感情を出すことに抵抗がないみたいだ。
「おはよう。いよいよ卒業式だな」
教室の戸口で、敬はクラスメイトに声をかける。
喜怒哀楽は人生のだいご味だ。死んだ爺ちゃんからそのように教わった。けど、
「敬、相変わらず、クールだなぁ」
「そっか?」
敬はねむたいふりをする。
「卒業式の前日にも受験勉強か?」
「まぁねぇ」
本当は興奮して寝られなかった。そんな素振りを見られなくない。
三年間、敬はクールでスマートな塚本君を演じてきたのだ。女子にもそれなりにもてた。
戸口にたむろしていた友人と会話して、敬は教室の真ん中の自分の席に向かう。
すると、さらに濃密な人の輪があった。輪の中心に、俊彦の姿があった。俊彦はしゃくりあげて号泣している。
「まだ式も始まってないのに……」
やめてくれよ。鼻のおくが痛くなり喉元に熱が込み上げる。思わずもらい泣きしそうになって天を仰ぐ。
オレは泣かない。
敬は聞き上手だ。
三年間、偶然、俊彦と同じクラスになり、二人は多くの時間を共に過ごした。たいてい俊彦がしゃべり、敬が穏やかに話を聞いていた。
俊彦が怒ると敬はなだめ、俊彦が泣くと敬はほほ笑んだ。
「おい、トシヒコ、おはようさん」
「ヒック、ヒッヒッヒックヒック」
俊彦は泣きすぎてしゃっくりが止まらない。
敬がハンカチを差し出すと、俊彦はじっと白い桜の模様を見つめて、またワーっと泣き出した。
四月の花見を思い出したようだ。
担任の教師が教室に入ってきた。ならんで卒業式の行われる体育館へ向かう。敬は泣きっぱなしの俊彦の世話に追われた。
ふいに、
「こんな絵本、あったな……」
子どもの頃に読んだ絵本を、敬は思い出した。
タイトルは忘れてしまった。
毎晩、だれかさんの話を聞くフクロウが主人公だ。
来る日も来る日も、フクロウはうれしい話も悲しい話も熱心に聞き続けた。だれかさんの喜怒哀楽を、フクロウはていねいに紡ぎ糸にした。その糸で、だれかさんの心を強くしたり、ほころびをつくろったりしてあげた。
しかし、ラストシーンの満月の夜、フクロウは消えてしまった。
なぜだ?
「卒業生の言葉!」
体育館に整列した三年生の代表が、檀上に上がる。三年間の思い出の中から、とりわけ心に残るエピソードを語りはじめた。
「五月、三日月山へ遠足に行きましたね。山頂は思いのほか遠くて、汗を流しながらみんなで歩きましたね」
敬は、青々とした公園の樹木の葉を思い出した。五月なのに日差しが強く、頂上付近で飲んだお茶が冷たくて、弁当もサイコーに美味しかった。
突然、前の席の俊彦が何やら書き留めて、敬に渡した。ノートの切れ端には、メッセージが記されている。
オニギリ、コロガッテ、スマン
あーっ、そうだった。
頂上で昼ご飯を食べようと、弁当箱の中からオニギリを取り出した時、俊彦の腕が、敬の手に当たった。その拍子に、敬の手の中から特製の肉巻きオニギリがとびでた。
コロコロ、コロコロ
オニギリは芝生の坂を転がり落ちて、一羽のカラスがかっさらっていった。
「おい、カラス!」
敬は木の上のカラスに向かって叫びたかった。
しかし、平気を装った。特製の肉巻きオニギリは、めったに食べられない父さん手作りのオニギリだ。悔しかったけれど、オニギリごときで騒ぐのはカッコワルイ。
俊彦は何度も謝って、自分の持ってきたサンドイッチを譲ってくれた。まだ気にしていたんだ……。
檀上では、三年生代表の挨拶が続いている。
「六月、紫陽花通りの交通事故防止キャンペーンのポスターをみんなで作りましたね。七月七日、七夕祭りは三度目の正直で晴れましたね」
その瞬間、俊彦の肩が震え出した。敬たち三年生は三年間の内、一度しか七夕の日は晴れなかった。
つまり織姫様と彦星様は三年間で一度しか会えなかったわけだ。そのせいなのか、敬の願い事は、二年連続で叶わなかった。一年目はスマホが欲しいと。親によってあっけなく却下されて、二年目は……。
「総合成績が、学年で十位以内に入りますように」
短冊に書きつけたものの、七夕頼みだけでは叶うはずもなく、三度目の正直、敬は、志望校に合格できますようにとお願いした。
今度は勉強もがんばっている。
俊彦は短冊になんて書いたのだろう?
敬は毎回、クラスメイトに短冊を見られることを意識していた。俊彦は毎回、短冊をかくした。
また、ノートの切れ端を渡される。
ソラガ ハレマスヨウニ
卒業式の日、俊彦は短冊に書いた願い事を初めて教えてくれた。
でも、これって俊彦の個人的な願い事ではないような気がする。織姫様と彦星様が会えますように。みんなの願いが叶いますように。まるで子どもの願い事だ。
「カッコワリーなぁ」
敬は紙切れを眺めながら、声を上げそうになった。
そして、思い出した。絵本では、最後に、フクロウはパンクしてしまうのだった。だれかさんの心の声をききすぎて、自分の気持ちを吐き出さなかったせいだ。
ラストで、フクロウの体は風船のようにふくらんで、夜空に浮かんで弾けとんでしまった。
ということは、パンクするのは、オレ? まさか……。
卒業式は無事に終わった。
式の最中、俊彦はずっと、泣いたり笑ったり忙しかった。敬は思い出に浸る間もなかった。
敬は俊彦の肩を叩いた。
「オマエ、涙腺が壊れたのかよ」
「ケイは最後までカッコイイな」
「そんなことないよ」
敬の言葉は、明らかに聞かれていることを意識していた。それでも、滑らかにしゃべれなかった。
ヤバイ、ちょっと泣きそうだ。
「いいや、カッコイイよ。どんな時でも、顔色一つ変えないでさ。でも、ずっと、おまえのことが心配だった」
言うやいなや、俊彦が敬に抱きついた。
「お、おい、こら、何するんだ」
敬は動揺した。
俊彦が、オレを心配していた?
「だってよ、カッコイイけどさ、いつか、パンクしちゃうんじゃないかって思ってさ。ケイは頑張りすぎだから」
俊彦はさらりと言ってのけた。
「オレは頑張ってなんかないよ」
敬の声は裏返っていた。
俊彦の腕をほどきながら言葉を探した。頭が真っ白になって体が小刻みに震えだす。
周りの目や耳を気にする余裕はない。そうだよ、いつでも頑張っていた。無理して、理想の塚本君を熱演していたよ。
俊彦に気づかれていた。
三年間、心のどこかで見下していたカッコワリーこいつに心配されていた。最後の最後で……、涙の代わりに、敬はしゃべった。
「ほ、ほら、八月、夏祭りの花火大会、楽しかったな。九月の十五夜の団子、美味かったな。十月の体育祭、うちのクラスが二位になるなんて思わなかった。十一月の文化祭、おまえの絵は特賞をとった……」
敬は俊彦を泣かすために、必死に思い出話を続ける。
俊彦が泣いてくれたら、敬は頭を切り替えてクールな世話役に戻れる。
「十二月、クリスマスプレゼントは問題集だった。一月のお年玉は、高校生になるまで貯金させられた。二月、節分の日に鬼役をさせられたんだぜ」
敬の話に、俊彦は泣きも笑いもしない。
俊彦が敬の肩を叩いた。
敬は唇をかみしめた。最後までポリシーは貫く。オレは人前では泣かない。
俊彦の純真さに降参だ。喜怒哀楽は人生のだいごみか……。今日は、爺ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。
けど、オレは……。
ハンカチはポケットにもう一枚かくしてある。
新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。