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YA【太陽に向かって】(9月号)
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夏休みが終わり九月になった。
月ノ島中学校は本日、授業参観日だ。一年二組の教室の後ろに親が集まっている。教室内の空気が僅かに緊張している。
高橋木葉は自分の席から恐る恐る視線をやる。父親の姿はまだない。
前回、一度目の授業参観は、両親共に仕事で忙しくて来られなかった。
二度目の授業参観は、やっぱり仕事で忙しい母に代わって、父が行くと言いだした。
「別に来なくていいから」
木葉は断ったのに、父は行くと言って譲らなかった。
しかし、今日は晴天だ。
父は土木関係の仕事をしているので、雨がひどいと休みになるが、原則として、晴れの日は仕事だ。
(今日も仕事になったのかな)
正直なところ、木葉はホッとした。
父は会社に行く時は、水色の作業服をきている。帰ってくると埃っぽい匂いがする。風呂上りはパンツとTシャツで、家の中をうろつく。
「ちゃんと服を着てよ! みっともない!」
木の葉が怒っても、
「大丈夫! 仕事の後のビールは美味いぞ」
丸い腹をぽーんと叩く。
まったく何が大丈夫なのかさっぱり解らない。腹が飛び出しているだけでなく、日焼けして毛深い。狸の置き物にそっくりだと、木葉は思う。
そんな父の姿を、友達に見られたくない。特に仲良しの野田穂香に見られたら恥ずかしい。
穂香のお父さんとお母さんはとてもお洒落だ。
木葉は、何度か、穂香の家に遊びに行ったことがある。穂香のお母さんは華奢でいつも上品なエプロンをしている。
偶然、見かけたお父さんはスラッとしていて背が高くて、細い銀色の眼鏡をかけていた。いらっしゃい、ゆっくりしていってねと、木葉にほほ笑んでくれた。まるで俳優さんみたいに。
「あっ、ママだわ!」
隣りの席の穂香が、教室の後ろに手をふる。
木葉もふりむいて軽く会釈する。
「ホノカのお母さん、今日もキレイだねぇ」
白いワンピースを着て、手にレースのハンカチを持っている。時折、ハンカチを顔にあてて汗をふく。その仕草も上品だ。
「どうもありがとう」
穂香も自分の母親がキレイなことを否定しない。いつも、ママみたいになりたいと言ってはばからない。
木葉の母親はワンピースなど着ない。いつも紺色のパンツスーツを着て、家を駆け出していく。営業の仕事をしているので派手な恰好はできないそうだ。
(お父さんもお母さんもこんなに違うだなんて……)
始業のチャイムが鳴る。
木葉が前に向きなおった時だ。ドーンと物音がして、男性が教室に飛び込んできた。
「あーっ、イタタタタ」
木葉の父親だ。急いでいたのか肩をドアにぶつけた。その弾みで、ドアが外れかかってしまった。
父はフンっとドアを持ってレールにはめ直すと、すんませんと頭をかきながら親達の中に入った。
(サイアク!)
木葉は前を向いてうつむいた。父はいつもの水色の作業服を着て首から青いタオルをぶら下げている。どうやら仕事を抜け出して来たようだ。とにかくあの父が自分の親だと知られたくない。
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担任の西田先生はヒマワリの花を抱えてきた。
「誰か手伝ってもらえない? ペットボトルとバケツに水をくんできて欲しいの」
「ハーイ! ハーイ!」
あちこちから元気のいい返事がある。
花瓶の代わりのペットボトルに、先生はヒマワリをいけていく。
細い茎のヒマワリ、一本の茎からたくさんの花が咲いているヒマワリ、でっかいヒマワリはバケツにぽちゃんと入れられた。
教室の中が、一気に明るくなった。
「それでは、道徳の授業を始めますね。ここに、四本の花を持ってきました。花の名前がわかる人、いますか?」
不思議なことを、西田先生は聞いた。
どこから、どう見ても、ヒマワリだ。
木葉が思ったことを、
「ヒマワリさんです!」
お調子者の男子が答えた。
「一般的なヒマワリという呼び名だけではなく、みんなが、自分で考えた呼び名を答えてください。では、順番に当てますね」
えっ、待って。木葉は焦った。
(ヒマワリじゃないっていうこと?)
確かに、いろんな種類のヒマワリがあるけど、名前も違うのかな。
それに自分で考えた呼び名って、名前を自由に付けていいのだろうか。
「野田さん、どうぞ」
穂香が一番に当たった。
すっと立ち上がって、穂香はタンポポのように黄色のふさふさしたヒマワリを指さした。
「ヒマワリ・テディーベアです」
いとも簡単に、穂香は答えた。
「あら、正解です。もしかして知っていた? テディーベアのようなので、その名前が付けられました。正解じゃなくても自由に考えてください」
隣りの席で、木葉は固まった。
穂香の家には大きな庭があって、お母さんがきちんと手入れをしている。木葉の家にも庭はあるけれど、狭くて、アロエの鉢が一個、転がっているだけだ。
でも、どうして、道徳の授業で、ヒマワリの種類なんて答えないといけないのだろう。
しかも授業参観だ。
(困ったな……)
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木葉は考えた。正解じゃなくてもいいと言われたって、正解を答えた方が格好いいに決まっている。バケツに刺さる大きなヒマワリは、ヒマワリの中のヒマワリっていう感じだ。
名前……。
「それじゃあ、隣りの高橋さん」
「えっ、あっ、ハイ、でも……」
木葉は飛び上がるように起立した。
ガタンと、椅子が音を立てた。
(な、何か答えないと……)
ヒマワリ、それ以外にまるで思いつかない。頭が真っ白になりかけた時だ。
「コノハ、頑張れー!」
「はっ?」
振り向くと、父親が満面の笑みで手をふっていた。教室内に、ドッと笑いが起こる。恥ずかし過ぎる。
穂香にもクラスメイトにも、父親がばれてしまった。
木葉は唇をかみしめた。これ以上、時間をかけたなら、何を叫ばれるかわかったもんじゃない。
木葉は必死に考えた。ふさふさしたヒマワリが熊の人形ということは、あの小さな花がたくさん咲いているヤツは、何に似てるかな?
瞬きせずに、凝視する。窓から風が吹き込んで花びらが揺れた。あっ、あんな玩具があった。
「笑ってるみたいに見えるので、スマイル、ヒマワリ・スマイルで……」
木葉が苦し紛れに答えると、西田先生は目をまん丸にした。
「あら、まぁ」
えっ? 当たった?
答えた木葉もびっくりした。
「正確には、ミニヒマワリ・グッドスマイルです。高橋さん、よく、スマイルっていう単語が浮かびましたね!」
木葉が着席すると、教室の後ろから拍手が送られた。父だ。父の拍手に誘われて、他の親達も拍手している。
穂香が振り向いてささやいた。
「コノハちゃんのパパのおかげで、みんな楽しそう」
そう言われてみれば、いつの間にか、授業参観の緊張感が消えていた。
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それから、順番に、思い思いの名前で花を呼んだ。
キングオブヒマワリ、黄色の花、リスの好物に、元気いっぱい。
西田先生は全ての呼び名を黒板に書き付けた。
「まだまだ素敵な呼び方があると思います。それを作文に書いて、なんで、その名前を付けたのか理由を教えてください」
西田先生が作文用紙を配る。
(書いたあとは、発表させられるに決まってる……)
ちらっと、父の姿を盗み見た。
父はギョロリとした大きな目で、うれしそうに教室を見回している。木葉の気持ちから、怒りが消えた。
(本当に授業参観に来たかったんだな……)
ふと、バケツに刺さっているヒマワリが、父のようだと思った。
茎は太くて花は大きくて花瓶に飾るには不向きだけれど、どっしりしていて種もたくさんとれそうだ。
公園や空き地で、太陽に向かって咲いていたら似合うだろう。
そう、太陽に向かって!
よしこれだ。木葉は作文に、花の呼び名を、太陽に向かって、と書き付けた。晴れた日の父のようだ。
「それ、素敵だね!」
穂香が作文を覗き込んだ。
「へへ、ありがとう」
木葉は鼻の下をこすると、続きを考えた。
そもそもヒマワリという名前をつけたのは人間だ。
一説には、太陽を追いかけるように回るから、その名が付いたと言われている。
しかし、改めて考えると、どんな名前で呼ばれようと、花は咲き続ける。きっと、一生懸命に咲き続ける。
そして、どんなに恰好悪くても、大丈夫だと笑っているだろう。晴れた水色の空の下で。作文ができあがった。
木葉はこの作文を、父の前で発表したいなと少し思った。
〜創作日記〜
このYAを書いているとき、私は向日葵を育てていました。
そして、向日葵にいろんな種類があることを知りました。
「調べて書く」は本当に楽しいです。
そして、
世界がやさしい言葉であふれますように。
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