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YA「降水確率八十パーセント」(6月号)


2014/06
p1

  緑ヶ丘中学校の校門へ続くアスファルトの斜面を、竹村純子と武田優は傘をさして歩いている。純子の傘は、深緑色で普通の傘よりも一回り大きい。優の傘は、持ち手がネコの形をした小さな桃色の折りたたみ傘だ。
 二人で登校するのはいつものことだ。
 純子はさっきから、優の肩が雨にぬれているのが気になってしかたない。昨日から降り出した雨はいったん上がったけれど、また、ぽつぽつと降りはじめた。降水確率は八十パーセントなのだ。
「ユウ、どうして、ちゃんとした傘を持ってこなかったの?」
「だって、このネコ、かわいくない?」
 優はくるくるっと傘を回した。水しぶきが純子の方へ飛ぶ。
「あっ、ごめん!」
「大丈夫」
 純子は大きな傘で全ての水しぶきを防いだ。我ながら、なかなかの反射神経だ。忘れ物市で、百円で買ったこの傘は優秀だ。
「さすが、お化け傘! ジュンに似合ってる」
「なによ、それ、ひっどい!」
 純子と優は幼なじみだ。優は思いつくまま行動するので、傘を回したのだって悪気はない。思いついたまま言葉にもする。純子はお化け傘を回してやろうかと思ったけれど、素振りだけでやめた。
 優はきゃっと笑いながら逃げた。濃紺のスカートがめくれる。優のスカートの丈はまた短くなったようだ。入学当初は膝にかかっていた丈は、今では膝小僧が丸見えだ。純子はなんとなく目をそらした。
 優は同じクラスの一年A組の鈴木くんのことが好きなのだ。休憩時間、優の口から出る言葉は鈴木くんのことばかりだった。ねぇ、どう思う? と尋ねられても、純子には今一つピンとこない。
 純子は鈴木くんがどうこうと言うよりも、恋の話が苦手だ。同性の純子から見ても、優の容姿はかわいいと思う。顔は小さいし目は二重で大きいし、唇は薄くてつやつやしている。自分とは正反対だ。私もいつか恋をするのかな? やっぱりピンとこない。
「ねぇ、待ってよ!」
 後ろから、甘ったるい声がする。純子は考え事をして、速足になっていた。
「きゃーっ!」
 ズッデーン!
 背後で優がひっくり返った。ツツジの腐った花びらを踏みつけたのだ。


p2

 
純子が優を連れて保健室に行くと、先客がいた。一年A組の担任の平井陽子先生だ。大卒二年目で、初めての担任を持ったということで、三カ月足らずというこの短期間に、とんでもないドジを連発している。
 最初は全校集会の場所をまちがえた。運動場で待機していた一年A組は、体育館へダッシュするはめに。しかし、全員そろって遅刻した。配布プリントが足らないのはいつものことで、あわてて職員室にとんでいく。
「先生、忘れ物!」
 純子はコピーの原紙を持って、平井先生を追いかける。毎回、コピーする元を持たずに走りだしてしまうのだ。そして、先日、あわてて用紙をつっこんだせいで、コピー機に紙を詰まらせて破壊した。
 学年主任の鬼頭先生がまっ赤な顔をして工具を取り出して、コピー機を修理する間、平井先生は青ざめていた。純子も硬直していた。鬼頭先生の頭はつるっぱげで、体はがっしりしていて、いつも怒ったように眉をしかめている。
 結局、ホームルームの時間内に、コピー機は直らずに業者を呼ぶことになった。純子と平井先生は、職員室をとびだすと、ぺたんと廊下に座り込んだ。またやっちゃったと、平井先生は頭をかいた。
 おっちょこちょいの平井先生を、妹にそっくりだと、純子は思う。純子には歳の離れた妹がいる。毎朝、忙しい母親に代わって、純子は妹の分も弁当をを作る。平井先生の面倒を見てあげないと、と、純子は思ってしまう。
「武田さん、どうしたの?」
「平井先生、どうしたんですか?」
 保健室の先生の声と、純子の声が重なった。
「コケちゃった」
 優はぺろっと舌を出した。ベッドのはしに腰掛けていた平井先生は、何も答えずにうつむいた。保健室の先生は、優の膝小僧をのぞきこみ、消毒道具を棚から取り出した。
  平井先生は、じゃあと小さな声でつぶやいて立ち去ろうとした。
「先生、待って! 卵焼きのことなんですけど……」
 純子の呼びかけに、平井先生はドアに手をかけたまま立ち止まった。なぜか、平井先生は視線を合わせてくれない。純子は言葉につまった。先週、昼食の時間、純子の手作り弁当の卵焼きを、平井先生がほめてくれた。
「明日、激安スーパーで卵の特売日なんです。だから、明後日のお弁当、平井先生の分も卵焼き作ってくるね」
 純子は一気にしゃべった。平井先生は何か言いたそうにしたが、
「しみる、しみる、しみるーっ!」
 優の悲鳴が、狭い保健室の中に飛び回った。


p3

 次の日の朝、一年A組に入ってきた平井先生のとなりに、どういうわけか鬼頭先生の姿があった。ざわついていた教室が静まり返る。鬼頭先生は生活指導の担当で、生徒の髪型や服装、持ち物にもうるさいのだ。
 クラスの誰かが怒られるのかな? 優とおしゃべりしていた純子も、あわてて自分の席につく。平井先生が出席簿を抱きしめるようにして、教壇に上がった。学級委員の起立、礼、着席のかけ声が上ずっている。
 平井先生は黙ったままだ。ため息をついて、教壇のわきから、鬼頭先生が叫んだ。
「よーくきけ! 大事な話がある。平井先生の腹には子どもがいる」
「えっ、えーっ?」
 ほとんどクラスの全員が驚きの声を上げた。純子は口元をおさえた。鬼頭先生は半ばあきれたような声で続ける。
「すぐにではないが、しばらくしたら産休に入る。そうゆうことだから、平井先生にあまり心労をかけないように。以上だ」
 鬼頭先生が話し終えると、平井先生は頭を下げた。鬼頭先生は、一番前の席の純子にはっきり聞こえる音で舌打ちをして教室を出ていった。教室の中がざわざわしはじめる。平井先生は自己紹介のとき、独身です、と言ったのだ。
「先生、デキチャッタ婚するんだ?」
 お調子者の中田くんが発言すると、次から次へと平井先生に向けて言葉が飛んだ。
「大人しそうに見えて、やることやってんじゃん」
 心ない男子の言葉に女子が反論する。
「今は、サズカリ婚っていうの」

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「先生、おめでとう!」
 一段と明るいその声は、優だった。優はその場で立ち上がり拍手した。つられるように数人の女子が拍手をする。純子はぎゅっと膝の上でこぶしを握りしめた。なぜだか、腹の奥が熱くなりむかむかしてきた。料理もできないくせに。
 喉まで出かかった言葉を飲み込む。弁当の時間、平井先生の卵焼きは上手く巻けずにぐちゃぐちゃだった。タコさんウィンナーの足はちょん切れていたし、リンゴのウサギの耳は取れていた。あっ、もしかして……。
 純子はもう一度、平井先生の弁当を思い出してみた。
 卵焼きはふちっこの方だった。タコさんの足がなかったり、ばらばらのリンゴを先生が持ってきたのは、もう一個、弁当を作っていたから? 純子が妹の弁当箱に、上手にできたおかずをつめてあげるのと同じように。
「純子さんの卵焼き、すごくおいしそう。ほうれん草を巻いてあるの? 先生にも作り方を教えて欲しいなぁ」
 平井先生はそう言って、純子の卵焼きをほめてくれた。本当は、卵焼きのふちっこを折り曲げてかくしてあるのに。
「仕方ないなぁ。今度、先生の分も作ってきてあげるよ」
 純子はすっかりお姉さん気分だった。そんな先生が、実は恋愛していて、しかも結婚するだなんて。教室で会話は続いている。
「先生、子どもはいつ生まれるの?」
「えっと、予定日は……」
「仕込んだ日から計算すればいいんじゃないの?」
 男子の笑い声がウルサイ、ウルサイ、ウルサイ。次の瞬間、ダンっと、純子は机を手のひらで叩いていた。教室が静まり返る。平井先生は驚いて、純子を見た。それから、ごめんなさいと謝った。
「一年間、皆さんの担当を務められなくてごめんなさい」
 純子は唇をかんだ。イライラの理由は、そんなんじゃない。不思議そうに、優が純子を眺めている。
 純子は目を閉じた。雨が降っていればいいのに。教室の中でも傘をささないといけないほど、びしゃびしゃに雨が降っていればいいのに。
  窓の外は日が出て来た。今日は梅雨の合間だ。お化け傘の出番はない。

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〜創作日記〜
私が思春期と呼ばれる年齢の時、「教師達が教師同士で結婚する」と言うことがありました。複雑な気持ちでした。今なら、教師も人間で、教師という仕事をしているにすぎないとわかるのですがね(笑

©️白川美古都


新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。