YA【君が好きだ】(8月号)
田村健斗は朝からもう何度も空を見上げている。
晴れた。
天気予報では降水確率0パーセント。
ところによりにわか雨。
「母ちゃん、なんで降水確率0パーセントなのに、ところにより雨が降るの? 雨が降らないから0パーセントなんじゃないの?」
健斗が台所にむかって尋ねる。
「あんた、まだ夏祭りの心配してるのかい? 雨なんて降りゃしないよ」
母ちゃんは、昼ご飯の準備をしている。
先週、月ノ島中学校は夏休みに入った。
三年生になった健斗は、毎日、友人の岡村と村瀬と図書館に通って受験勉強をしている。
しかし、今日の勉強は休みだ。楽しみにしている町内会の夏祭りなのだ。午後六時から、川の向こう側で花火が上がる。毎年、祭りの最後に、橋の上から花火を眺める。
それに、今年の夏祭りはちょっと違う。一緒に行くのは家族ではない。いつも一緒につるんでいる岡村と村瀬でもない。二人には悪いが、健斗は抜け駆けした。女子の後藤忍と行く約束をしたのだ。
同級生の忍とはスクールランチをきっかけに仲良くなった。
健斗も忍も、食べることを生き甲斐にしている。
「ケント、冷や麦だけど、何束食べる?」
「五束!」
答えてから、健斗は考えた。
忍とは、夕方に待ち合わせをしている。神社でお参りをしてから、屋台で食べ歩きをする予定だ。
忍はよく食べるのに細身だが、健斗は食べた分だけ太るのか、かなりのぽっちゃり系だ。最近、ベルトの周りがちょっときつい。女子の視線も気になりだしだ。
忍と仲良しの近藤さんと藤井さんも超スリムだ。
類は友を呼ぶのか、岡村と村瀬はぽっちゃり系。
「母ちゃん、やっぱり三束にしておくよ」
健斗はのれんをかきわけて、台所に顔を出した。
「もう遅いわよ、湯の中に入れちゃったよ。いつも五、六束くらいペロリと食べるじゃないの。あんた、お腹の調子でも悪いの?」
「いや、そういう訳じゃないけどさ……」
口ごもる健斗に、母ちゃんはニヤリと笑った。
「シノブちゃんと夏祭りにいくからだね」
健斗は一人親の母ちゃんになんでも相談する。
今日の夏祭りの約束も話した。
健斗が学校に持っていく爆弾オニギリも、何度か、忍の分も作ってもらったこともある。忍が食べたいと言ったのだ。
母ちゃんは張り切って、ただでさえデカいオニギリを一周り大きく握って、具に甘辛い唐揚げを入れてくれた。
「それなら、なおさら腹いっぱいにしておきなさい。腹が減っては戦はできぬ。昨日の残りの肉じゃがとポテトサラダもお食べ!」
「戦じゃなくて祭りに行くんだけど……」
健斗の返事を待たずに、どーんと食卓に冷や麦が置かれた。
待ち合わせの近所の公園に、忍は少し遅れてきた。
忍は青いジーンズと白いTシャツというラフな格好だ。
「遅くなって、ごめんなさい。本当は一人でがんばって浴衣を着たのよ。でも、家を出る直前に、やっぱり着替えてきちゃった!」
「へぇ、浴衣……」
健斗は鼻の下を指でこする。
忍の浴衣姿、見たかったなぁ。可愛いだろうな。そんなことを考えていると、
「浴衣だと帯が苦しくて、美味しい物をたくさん食べられないと困るでしょう? ケントくんも、そのズボン、ウエストがゴム?」
忍は覗き込んだ。
「うん、まぁ……。ゆったりしてるやつ」
健斗はおどけて、ビヨーンとズボンの腰のゴムを引っ張る。
「ふふふ」
と、忍が口もとを押さえて笑う。この上品な小さな口が、ぱくぱくと本当によく食べるのだ。
一年生の時にスクールランチを美味しそうに食べる忍の姿を見かけて、健斗はひかれた。
忍は好き嫌いなくきれいにランチをたいらげる。
近藤さんの嫌いなキュウリも、藤井さんの苦手な脂の多い肉も食べてしまう。
「お小遣い、全部、持ってきちゃった!」
忍はそう言って、丸い小銭入れを見せてくれた。
「エンドーさん、すごく気合入ってるね」
健斗は忍のことを、面と向かってはシノブちゃんと呼べない。想像しただけで耳の端が熱くなる。
一方、忍は健斗のことを、ケントくんと気軽に呼んでくれる。
仲の良い友だちみたいに、そう……、友だち。
健斗はとなりを歩く忍の横顔を盗み見る。名前で呼べたら、この距離が少し近づくのかな。
二人は神社で参拝をすませると、行きに目をつけておいた屋台へ急いだ。たこ焼きの屋台が幾つかあったが、一つ目に決めていた。ソースなしと看板に書いてあった。
たこ焼きのソースも大好きだけれど、せっかくだから、ソースなしのたこ焼きを食べてみたい。
「おーっ!」
屋台の前に人だかりができている。
「夏祭りの一食目は、あのたこ焼き屋さんで間違いないね。よし、行こう!」
健斗の頭が食欲全開モードに切り替わる。
忍も頷くと小走りになった。順番を待ち、一皿八個入り五百円のたこ焼きを迷わず二皿購入した。
参道のわきに設けられた長椅子に腰かける。いただきますと声を合わせて、熱々のたこ焼きにふぅふぅと息を吹きかけて、一個口に放り込んだ。
ヤバイ!
熱さに涙目になりながら、初めての美味さに感激する。
「なにこれ美味しい! ソースがかかってないのに、しっかりと味がついている! お醤油と出汁の味がして、深いよね、深い!」
忍も興奮している。
健斗と忍はあっという間にたこ焼きをたいらげた。
次にむかう屋台も決めていた。
フランクフルトだ。ただのソーセージではなく手作りソーセージという旗が立っていたのを見逃さなかった。
健斗は辛口のソーセージを、忍はハーブ入りソーセージを、それぞれ注文した。これも大当たりだった。
それから、冷えたラムネを飲み、焼きトウモロコシをかじって、デザートに食べるリンゴ飴の屋台を探した。
「リンゴ飴の味って、どこも同じかな?」
ふと、健斗は忍の小銭入れが気になった。小銭入れはまだふくらんでいる。
健斗の財布の中身は五百円玉が一枚のみだ。
「そんなことないよ。やっぱりお勧めはフルーツ飴よ。リンゴだけじゃなくて、ちょっと高いけど種なしのブドウ飴が美味しいよ」
忍は目をきらきらさせて屋台を指さした。
歩き出しながら、健斗は尋ねた。
「エンドーさんちって、小遣い多いの?」
うらやましいなぁと続けると、忍の顔色が曇った。
少し間を置いて、
「両親が仕事で遅くなる日にはお金が置いてあるの。近所のコンビニでお弁当を買いなさいって。お釣りはもらえる約束なの」
忍は静かに答えた。
そして、無理に笑顔を作った。
「激安スーパーへ足を運んで、半額シールのお弁当をゲットできると、たっぷりヘソクリができるの」
健斗は返す言葉がなかった。
どんなに忙しくても、健斗の母ちゃんはご飯を作ってくれる。母ちゃんがとても疲れていて弁当を買ってくることがあっても、健斗が一人でご飯を食べることはない。
ご飯の時間は、母ちゃんといろんな話をする大事な時間だ。
以前、忍は、歳の離れた弟がいると言っていた。姉弟だけの晩ご飯。想像すると、胸の奥がスンッとした。
健斗は暮れていく空の向こうを見つめた。
「あ、雨、降るかな? 降水確率はゼロパーセントだけど」
わざと話題を変えた。
健斗の声が上ずる。
「降水確率0パーセントは、ゼロパーセントと読むんじゃなくて、レイパーセントと読むのよ。ゼロというのは文字通り可能性がないことで、レイはわずかであるけれど、可能性があるのよ」
「わずかって、どのくらいの確率なの?」
健斗は、忍と一緒に花火を見たいと思った。
「5パーセント未満から、0パーセント」
忍はフルーツ飴の屋台の前で立ち止まった。
「雨は降らない、絶対、雨は降らない!」
健斗は強く拳を握った。
それから、前屈みになって、真剣にフルーツ飴を選んだ。イチゴとブドウは三粒ずつ竹串に刺さっている。リンゴ飴の方が食べ応えがありそうだな。
でも、忍のお勧めのブドウ飴も食べてみたい。両方買うには小遣いが足りない。
すると、忍が夢のような提案をした。
「イチゴとブドウを一粒ずつ交換しない?」
「も、もちろん、いいよ!」
健斗はブドウ飴、忍はイチゴ飴を買って橋の上に移動した。
思ったより橋の上は混み合っていた。交換した飴はどちらも甘酸っぱくて美味しかった。
人の波に押されて、忍との距離が近くなる。ふいに、健斗は叫びたくなった。君が好きだと。
声に出すかわりに、健斗は足を広げて、忍の後ろに立った。
忍を守るように壁になりながら、健斗は花火が上がるのを待った。
新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。