YA【笑顔の連鎖】(11月号)
月ノ島中学校の一年生、下村尚は、クラスメイトの中山剣星と、スマホの画面をのぞきこんでいる。放課後、男子二人が食い入るように見つめている画面に、丸々と育ったサツマイモの画像がある。
尚と剣星は、中学校の菜園係りだ。今度収穫することになっているサツマイモを美味しく食べる方法を検索している。サツマイモ、スイーツでさらに検索する。
「ヤバイ、どれも美味しそうじゃない?」
尚は口元をぬぐう。
「確かに、スイートポテト、タルト、プリンもいいね。あっ、ショウ、これ見ろよ。鬼饅頭、サツマイモ羊羹も上手そうだぞ!」
剣星は、銀色の細いフレームの眼鏡を押さえる。
「サツマイモ羊羹ってしぶいね。和菓子なら抹茶を飲みたいな。洋菓子なら抹茶ラテ、グリーンティーもいい」
尚も剣星も甘党だ。
「それにしても、女子の菜園係りにはムカつくな。全然、手伝わなかったもんな! 今度の収穫祭も日陰から見ているだけだろう」
尚は口を尖らせた。
今年から月ノ島中学校に新設された菜園係りに、一クラス当たり三、四人の生徒が選出された。一組の男子は尚と剣星で、二人はクラスに割り当てられた畑で休むことなく、サツマイモの世話をした。
女子は柳さんと堀さん。二人は初回の室内での説明会には出席したけれど、屋外での作業は体調不良とウソをついて見学した。
「日焼けが嫌だとか、虫が怖いとか……」
言い訳を思い出すと、尚は腹が立ってくる。
剣星も同じく怒っている。
収穫祭の当日、青空には雲一つない。
ホームルームの時間を利用して、サツマイモの収穫が行われることになっている。クラスメイトがぞろぞろと一年一組の菜園に集まる。
柳さんと堀さんは日焼けを気にして、頭にハンカチを乗せている。
そもそも女子は、積極的に参加する子たちと、そうでない子たちに分かれている。
「この列が一組の畑なの?」
「うわぁ、すごいじゃん!」
緑色にしげった葉を見て、歓声が上がる。
尚と剣星はうれしくなった。草抜きに水やりにがんばった甲斐があった。
「みんな、ツルを持った?」
「せーので、引っ張るよ!」
尚と剣星がクラスメイトをまとめる。
せーので、みんなでツルを引っ張ると、ゴロゴロとサツマイモが土の中から飛び出してきた。
一組だけでも、かなりの数がある。
尚は足元のサツマイモを手に取った。土のぬくもりだろうか、ほかほかと温かい。鼻先に近づけると、やわらかな匂いがする。生まれて初めて、畑で作物を作った。
横で剣星も、しみじみとサツマイモをながめている。手のひらで土をはらい、サツマイモの表面の毛を引っ張った。
尚と顔を合わせて、剣星はニコリと笑った。二人とも食べることより、獲れたてのサツマイモの山に感動していた。土ってすごいな。植えた時はツルだったのに、こんなにも丸々としたイモが育つなんて。
と、突然、
「キャーッ! 虫がいる!」
一部の女子が騒ぎ出した。
パニックは伝染して、女子たちは獲ったばかりのサツマイモを畑に投げ捨てて逃げていく。
こともあろうに、柳さんと堀さんは先頭を切って走っていく。逃げ出した女子は、運動場の手洗い場で固まっている。
尚は腹立たしさを通りこしてあきれた。女子が散らかした畑の前に行くと、土から掘り出された小さな虫がくねくね動いていた。
剣星も疲れているようだった。黙って、虫を畑のすみの土の中に戻してやった。それから、菜園係りと、学級委員と副委員、勇敢な女子と男子でサツマイモを収穫した。
日が暮れる頃に、段ボールいっぱいのサツマイモが獲れた。お疲れ様でした、という声とともに、自然に拍手が沸き起こった。
「終わったな……」
尚がつぶやくと、剣星もうなずいた。
その日の帰り道、尚と剣星は口数も少なくぼんやりと歩いていた。ジャンケンで負けて菜園係りになって半年、いやいや世話をして、段々と楽しくなって、腹も立てたけれど喜びもあった。
収穫したサツマイモは、家庭科の授業で料理することになっている。食べるのは楽しみだがもったいなくもある。
「ひとつ、持って帰りたかったなぁ……」
「ほいっ、これ!」
剣星はズボンのポケットから指先ほどのサツマイモを取り出した。いつの間にか、拾っていたのだ。
「これは、どうせ、食べられないだろう?」
「おまえ、キーホルダーにでもするのか?」
尚はミニのサツマイモを受け取った。家族に見せたら笑うだろうな。それもいいな。笑顔がイモヅル式につながっていく。
今日は、家庭科の授業でサツマイモの調理が行われる。
事前の多数決で、サツマイモのメニューは決められた。カレーライスとスイートポテトの票がデッドヒートを繰り広げたが、結局、サツマイモのカレーとデザートにふかし芋を付けることになった。
調理室では、女子がテキパキと指示を出す。
柳さんが尚に米をとぐように命令した。
「なんで、オレが」
尚は口の中で文句をつぶやく。
となりのグループでは剣星が、切り分けられたサツマイモに、一個ずつサランラップを巻き付けている。
「おまえ、何をやらされているんだ?」
尚が声をかけると、剣星は苦笑した。
「見てのとおり、芋をラップで包んで電子レンジでチンするんだってさ。スイートポテトの方が絶対に美味いだろうに」
尚はうなずく。
サツマイモが余るのでふかし芋も付けることになったけど、蒸すのは時間がかかるので、電子レンジでチンになった。
「これじゃあ、ふかし芋じゃない。チン芋だ」
尚の言葉に、剣星もふくめて、男子たちがクスクス笑いだした。
エプロンをつけた堀さんが、こちらをにらんだ。
「遊んでないでちゃんとやって!」
「はーい、へーい、ほいほーい!」
尚たちは適当に答える。
エプロンを付けると、女子は強くなるのだろうか。逆らわない方が身のためだ。それにお腹がすいてきた。
まもなく、米の炊けるいいにおいが調理室にひろまりだした。カレーの鍋の具も、ぐつぐついいだした。
さっき、柳さんと堀さんが話をしていた。サツマイモが甘いので、今日のカレーのルーはやや辛めにしたそうだ。彼女たちも、サツマイモを美味しく食べる方法を考えてくれていたのだ。
「洗い物は、流しの中に入れて!」
「カレー皿に、お米をよそって!」
「電子レンジの芋をチンするわよ」
いつの間にか、柳さんと堀さんが全体を仕切っていた。
「やっと菜園係りらしくなったな」
尚の言葉に
「まさに、美味しいとこどりだね」
剣星は、やれやれと肩をすくめた。
腹ペコ君たちが黙々と働いていると、カレーの香りが漂いはじめた。
「あぁ、我慢できない。スイーツじゃなくてもいいから、腹いっぱい、サツマイモを食べたいな」
尚のお腹が盛大に鳴った。
剣星も腹をさする。
「みんな、お皿を持って並んで!」
呼びかけに、カレー鍋の前に列を作る。順番に米にカレーをかけてもらって、自分の席につく。
電子レンジが鳴ってふかし芋もできる。
「菜園の仕事、サンキュー、ありがとう」
尚と剣星は、クラスメイトにたくさんのお礼を言われた。
柳さんは、尚の皿にたっぷりのカレーをよそいでくれた。
堀さんは、大きなふかし芋を剣星に配った。
「いただきます!」
と、同時に、うまいとの声が上がる。
尚も叫んでいた。やや辛めのルーと甘いサツマイモがよくあう。みんな、笑顔でカレーライスを頬張っている。
尚は剣星と顔を合わせるとにっこりと笑った。菜園係りを放り出さなくて良かった。
それから、二人ともお替わりの争奪戦に加わった。