いざしようにも、

雑踏の中の会話は6割は聞き取りづらい。

ほとんどはなんとなく相槌を打ったりしてしまう
ただこの日に限っては、
帰宅ラッシュの時間のはずなのにいつもより同僚の声がよく聞き取れた。

「あの人結婚するんだって」


他人の幸せを自分も喜んだ方がいいと心得たのはいつだろう。

結婚を遠い彼方の理想郷に見ていた学生時代から
理想が実現できる、そんな歳になっていた。

社会人となった今は自分のために買った少し高めの飲み物で、この "つかえ" も胃に流し込める。


いい人がいなかった訳でもなかった。
自分が魅力不足だった

仕事に夢中な訳でもなかった。
現実は自分にとってそこまで優しくないと知っていた
.
.
.
「おかえり〜今日はご飯もう作ってるよ」
そう言って迎えてくれたあなたは風呂上がりなのに忙しそうに振り返る
「帰り早かったんだね、ありがとう」

もう少しでお金貯まるから。
それまであともう少しだけ待っててね。
.
.
.
幸せに向かってゆっくりと進む小舟がある。
空が曇って雨になり嵐となると
乱れた流れの中で小舟は圧倒的な力で敵う術なく流されていく。

どんな状況でも隣人はもう目的地に到着したと言う電報は届くのに
沖へ沖へと流される私の幸せへの到着時間を早める方法などあるのだろうか。

目を閉じる。
まだ見ぬ陸地の暖かい砂浜に頬擦りする、
寂しくも愛おしい、あの時の暖かさと似ている。

何度も歩いた帰路を今日もなぞって歩いて行く。
今日は月がはっきり見える、
黄色く熟れて香ってきそうな欠けた形の月が。

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