【SS】届かなかったことば達
確かに足りなかったかもしれない。
だけど十分の一ぐらいは、あの頃に届いてくれればよかったのに。
高校生の頃の、
恋に幼い僕たちは、
ふたりで一緒に居ることと、
何気ないことを電話で話すことが恋だと思ってた。
まわりからも温かく見守られた僕たちの拙い恋は、
大人になっても静かに穏やかに続いていた。
小さな違和感に気づいたのはいつだったろう。
好きだよと言った時に、
少し困った表情をする君に気付いた時かな。
黙って好きなアーティストのライブチケットを用意して
ミステリーツアーに連れ出した時だったかもしれない。
「ありがとう」と
嬉しそうに君は言うのに、
目は目の前の僕よりずっと遠くを見つめてた。
やがて小さな小さな違和感の正体に気付いた。
君は僕の言葉や行動を
「ありがとう」と受け取りながら、
【愛されている自分】を否定していたんだ。
「私なんかが愛されるわけがない」と
うたた寝のふりをした僕の頭をなでながら
ぽつりと呟くさまに愕然とした。
なんで。
どうして。
信じて貰えないのが悔しくて、
何度も何度も言葉にしたし、
ぎゅっと抱きしめたし、
他の何より優先して、
君を大事に思ってるって伝えたかった。
信じて欲しくて必死だった。
だけど。
そんないびつな関係が続くわけもない。
やがて、
疲れ切った僕は君と一緒に居られなくなり、
一番傷つく言葉を選んで君と別れた。
それから何年もたって、
君から実家宛に手紙が届いた。
いま、元気で暮らしていること。
来月に結婚することの報告だった。
最後に、
親からの精神的虐待に傷ついていたことや、
僕を信じきれなかったことへの謝罪のことば達が。
違う。
君が悪いんじゃない。
昔も今も君に謝って欲しいなんて思っていない。
あの頃の君が信じられなかったのは、
君に言葉を受け入れる余裕がなかっただけ。
追い詰められていた君は、
親から精神的に逃れることに精一杯だったんだろう。
タイミングの問題だけだったんだよ。
「 あの頃、一緒に居る時間だけが救いだった 」
その一言がやけに辛くて。
結局は逃げてしまった僕を責める。
彼女と別れてから初めて、彼女を想って涙を流した。
当時は届かなかったことば達が
いまになって届いた奇跡。
妻から贈られた好物のビターチョコが
いつもより苦く感じられて
冷めかけたコーヒーで一気に流し込んだ。