恋の歌を聴かせて【ショートショート】
それは、間違いなく恋だった。
君が欲しくて欲しくて仕方なかった。
だけど、どうしたら私を振り向いてくれるのか、ハタチそこそこで恋愛もさほどしてこなかった私には、苦手な数学よりも難問で。
まして、君の目はすでに別の誰かを映していて、相談を受ける立場としても余計にどうしていいのかわからなくて。
ーなんで君は、既婚者を好きになったの?
という問いに、
「好きになるのに、結婚してるかどうかなんて関係ない」
なんて都合の良い、お決まりの台詞を吐かれただけなのに、うらやましいという気持ちが勝ってしまう。そこまで思われるほどの女性なのか。結婚という重い十字架さえ越えてしまうほどの。
私はその相手を知っていた。
少し年上で、可愛くて、どこか頼りなさげで。
頼ることが苦手な私にもやたら可愛くて眩しく見えた。こんな風にすれば好きになってもらえるのかな..なんて思っても、つい行動はまったく反対の事をしてしまう。目を合わせる事もできないくせに、思ってることと反対のことを言ってしまう。恋って、恋ってなんて厄介で、思い通りにいかない生き物なのだろう。
友達数人と行ったカラオケ屋で、彼の隣りに座って話すだけで、この気持ちが伝わってしまうのではないかとビクビクしてしまう。うまく言葉が回らず、会話も途切れ途切れ。私ってほんとだめだな。
テーブルに何気なく置かれたその腕に、指に、触れてみたいと思った。大きな体と比例して大きくゴツゴツとしたその指はよく見ると滑らかで、いっそその指がすっと持ち上げるあのコップになりたい。
既婚者という前提ではまったく応援することができない。だけど、強く否定して嫌われるのも怖くて、つい「そうだね、それは仕方ないね。」って。前に進む事も止めさせる言葉も言えず、私は頭の中でそれを繰り返すだけだった。ソウダネ、スキニナッタラ、シカタナイヨネ。
そうしてるうちに、相手の彼女からも相談を受けることになった。なんで結婚してるのに?だって好きになっちゃったんだもの。彼の時と同じやり取りをして。一つだけ違うことは、私も彼を好きなんじゃないか、って聞かれたこと。
おそらくそっちの質問が本命だなぁと、私は間髪入れずに否定した。仲は良いけどあくまで友達だよ。あんなののどこがいいの?笑い飛ばす私に彼女はどこかホッとしたように笑顔になる。
ほんとにあんなののどこがいいのか..
私は自分の言葉を繰り返した。まだ学生なのに結婚してる子を好きになって、いつでも会える距離でもないし、頭も良くないし、顔だって。寝癖なんて何度見たことか。お決まりのシャツとジーンズ。いつもへらへら笑ってて。ねえ、どうしてかな。
終電からの帰り道、見上げると白く冴えた月がこちらを見ていた。少しだけ欠けた月がどこか心許なさそうで、行き場のない私の気持ちを掬い取ってくれるようだ。いいよいいよ、いくらでも持っていって。白い息に私を溶かす。そうして私の中を空っぽにしてしまって。
私はそれきり、二人と話していない。お互いに就職活動に忙しくなったせいでもあるけど、その後どうなったか知りたくなかった。
結婚して数年経てば冷めてくる気持ちも出てくるかもしれない。だけど、だからといって簡単に乗り換えてたらキリがないのだ。運命などそう簡単に転がっているものではない。
恋とは恐ろしい。理性では捉えることができず、常識も簡単に覆してしまう。そしてだからこそ夢中になるものでもあるのだろう。
しかし、相手に求めるだけなら簡単なんだ。
求めるだけではすぐに終わってしまう。
与えること、相手のことを考えること。
果たしてあの二人に愛なんてものはあっただろうか。
私は臆病だった。
自分のことしか考えていなかった。
しかしそれもまた恋。
遂げられなかった想いはしこりとなってしまうかもしれない。だけどこうしてここに書き記しておくことで、大切な思い出として閉まっておくことにする。恋の幕引きくらいは自分の手でしたいから。
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※設定はほぼ事実です。
テーマ:冬の恋、愛
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