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SDTraining

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【SDTraining】は、私がTwitterの物書き仲間と一緒にやっている描写修行作品です。2週に一度、提示されたお題画像をもとに情景描写文を作成し、締め切りに準じて提出、公開…
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2021年10月の記事一覧

2110E志乃【鳥籠】

 不動産屋から鍵を受け取った僕らは、引っ越し作業の諸々を一度忘れて家中を探検した。
 よく覚えている。彼女は一等窓の大きな部屋に辿りつくと、これから段ボールに、それから生活の香りに満たされるだろうまっさらのフローリングに、大の字で転がったのだ。
 こんなに空が広い。今までの何倍も素敵な鳥籠ね。
 細い枠で幅広く格子を施された大窓を見上げ、そう言ってくふくふ笑って頬を染める彼女に、僕は必死になって説

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2110B志乃【帰路】

 石畳にブーツを打ち付けながら歩く。山から霧が降りてきて、肺を水気で満たそうとしていた。
 整えられた材木で作られていた街の柵とは違い、筋交いにグネグネといびつな枝をそのまま渡して作られた敷地の境は、簡単に通り抜けられる隙間がいくらでもあるのに、人を拒む威容ばかりははるかに強い。見慣れたはずのこれに威圧感を覚える程度には、僕は街に馴染んでいたらしかった。
 夕の冷えた風が霧を揺らし、細かな水の帳の

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2110A志乃【秋香】

 固い緑の葉の影に、つまみ簪のように寄せ集まった橙の小花。吹けば散り散りに落ちていきそうな脆い様子だが、これを見つけたのは花姿からは想像もつかないほどに強い香りが鼻孔をくすぐったからだ。
 そよ、とかすかな風に頬を撫でられ、冷えてきた夕風に混じる甘いにおいに、もうそんな季節かと足を止める。垣として道に並ぶ金木犀は、さほど多くの花をつけてはいないのに、よく香った。
 雨でも降れば足元を橙に染めて、香

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