調べ物メモ:虫
『日本霊異記』に、「8世紀のおわり頃、讃岐の三木郡田中郷に田中真人広虫女(たなかのまひとひろむしめ)という強欲な女がいた。牛馬や奴婢、田畑を多く持っており、農民への種もみの高利貸しや、酒の販売などで財産をためこんでいた。病気でいちど死んだが、生前の行いが悪すぎて、上半身が牛で下半身が人間という醜い姿で蘇ってしまった。それを見に野次馬が殺到して、家族は恥ずかしいやら悲しいやらでひどい目にあったが、女の財産を寺へ寄進すると罪を許され、ようやく息を引き取った」という話がある。
ていうか、名前に「虫」ってどうなんだろうね。「小蝶」や「繭子」は可愛いけど、「広虫女」となるとちょっとなぁ。
そういえば女性の天皇に仕えていた人に、名前に「虫」がつく人がいたなと思ってネットで調べたら、孝謙天皇に仕えていた女官、和気広虫(わけのひろむし)だった。さらりと書いたけど、今の今まで男だと思い込んでいた和気広虫。女官として出仕してもOKってことは、当時としては別に珍しくもない名前だったのか。
虫といえば、蛇も長虫というし、「虫」というワードにはなんかこう、自然の脅威とか力とか、センス・オブ・ワンダー的なエッセンスが含まれていたのかもと思ったけど、『常陸国風土記』に孝徳天皇の時代の話として、「谷の葦原を切り開いて池を造ろうとしたら池のほとりに夜刀の神(蛇)がめっちゃあつまってきた。なんか開墾に反対してるっぽいけど、工事仲間みんなで ”神なら天皇に従えよコラ。オレらの邪魔するやつらは、魚も虫も全員ぶっ殺す” って脅かしたら、尻尾巻いて逃げてったわ」みたいな話がある。6世紀の時点で、名前に「虫」をつけることに特に呪術的な要素はなさそう。
大正時代のキラキラネームを研究した本として、昭和4年刊行の『姓名の研究』というものがある。これは、さまざまな珍しい姓名を真面目に研究したもので、「田子の浦に打出でゝ見れば白妙」さんという雅びすぎる名前や、「平平平平臍下珍内春風寒衛門」さんという、音読しても大丈夫なのかわらかない名前などが大量に載っていて楽しい。文明の開花した大正時代で既にこれほどに規格外なのだから、古代人の命名センスを現代の感覚でとらえるのはどだい無理なのかもしれない。
まぁ機会があれば、「広虫」という名前の由来について調べてみよう。