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第17話・相馬航海と古河龍二は、報告する
日差しが厳しい。七月、まだ梅雨も明けていないのに、熱中症がニュースになっている。京都は盆地で湿度も高い、海外旅行客も増えてきて、住むにはなかなか厳しい。相馬航海は、京都に移り住んで五年。なかなか京都の表に出さない文化、気持ちをきちんと前面に出さない会話に慣れない。アラサーを過ぎ三十二歳、友人も恋人もいないが不満でも不安でもなかった。
対人の会話が減る一方、航海はゲームの世界に没頭していたのだ。ゲームといっても、ゲーム作りの一端。最後の砦、デバッグ。ゲーム内のエラー・不具合を見つける、それが仕事だ。
「ねぇ、相馬くん。デバッグのレポートって出した?」
藤丸あずみが相馬の隣の席に座り、デスクに資料の束をどさっと置いた。同僚のデバッガー古河龍二の整理整頓されたデスクの上に散らばる。
「あずみさん、そのガルフっ、いえ古河が来たらまとめて報告します」
航海は飲みかけのコーヒーを喉に、胃に流し込んだ。
「昨日、エリア22で大きなエラーが見つかったの知ってるよね」
あずみはデスクに置いた資料をめくりながら、航海に詰め寄った。距離が近い、いい匂いがする、航海はあずみのこの大人の香りにいつもやられてしまう。
「はい、レベル異常者が見つかって、その、全体的に物語がオート進行しているようでした」
「どうして?そこまで学習できるNPC(ノンプレイヤーキャラクター= non player characte・プレイヤーが操作しないキャラクター)なんて積んでないわよ」
あずみが核心に迫る。
「あの、あずみさん。それは、はっきりと確信はできませんが、あのなかに【プレイヤー】が混ざり込んでます」
「あ、古河くん。遅刻よ、十五分」
「おう、龍二、寝坊か?」
「あぁ、あのあともう一度ログインして、探索を進めてたんだよ」
古河龍二がまだ出社していない社員の椅子に座りゴロゴロとキャスターで前進しながら二人の間に割った。人の懐に入るのがうまい男だ、航海は龍二のこういうところが好きだった。
「それで、なにかわかったの?」
「はい、リグレット、っおう、航海と一緒に潜った時に、ようやく見つけたんですよ」
「何をよ」
「エラーの原因、ジャンヌ・ガーディクスです」
航海は龍二を制することなく、自由に話させた。話したり、プレゼンしたり、コミュニケーション係は龍二の役割だった。
「ジャンヌ・ガーディクスって、分岐で出てくるあの少年のキャラだよね」
「ええ、サイドストーリーというか、クエストで出てるキャラなんですが、今は物語全体の主人公みたいになってますね」
龍二はゲーム録画を再生しながら、あずみに説明し始めた。パソコンから繋がれたモニターのなかに、ジャンヌはいた。
その動画の中ではこれまでのジャンヌの活躍がひとつのダイジェストにまとめられていた。リム王国がウッドバルト王国に攻め込み、ネクロマンサーであるルイ・ドゥマゲッティを退け、蘇生の儀・【エイム・リバウム】の詠唱でアンデッドを復活再生させて難局を乗り切る姿だった。
「これ、だれがまとめたの?」
「オートセレクターで、キャラ決めて設定すれば簡単にできますよ」
航海が答えた。
「このジャンヌって、NPCだよね?」
あずみが強くなっていくジャンヌのダイジェスト動画を見ながら、訊いた。
「いいえと言うべきか、それはわかりません」
航海があずみの目を見て答えた。
「それはどういうことなの?」
「この、ジャンヌっていうキャラクターは、サブクエストでフラグが立てばある程度自立化した会話をするようになっています。プログラマーの魁さんに聞きました。でも、まだクローズドベータ版で、サブクエストなんて誰もプレイできないんです」
「つまり…」
「はい、ジャンヌはまだゲーム内に出てくるはずがないんです」
あずみはようやく要領を得てきた。つまり、龍二が言っているのは、このゲームの中にだれか第三者が意図的にプログラミング改編を行った「結果」があるということなのだ。
あずみは龍二の椅子から立ち上がり、長い髪をかき上げた。龍二も航海も、この甘くてどこかスパイシーな香りにいつも心惹かれる。あずみが近くに来たら、ああ、これはあずみだとわかるくらいに、脳内に記憶された香りだった。
「この、ジャンヌの素性をあたって。ふたりとも。プレイヤーが侵入しているってことはあり得ないから、社内の誰
かがこのジャンヌを操作している可能性があるわ」
「ちょっといいですか。もうひとつ問題があります。バルス・テイトって敵のボスキャラでしたよね。中ボスというか」
龍二が再生画面を見ながらあずさに確認した。あずさは次の会議が迫っていたため、少し気もそぞろだった。
「バルス・テイトって」
「はい、バルス・テイトです。四天王って呼称で呼ばれて、オーギュスター公国の国王まで勤め上げていました。しかも、元勇者。これって…」
「だいぶ、キャラクター改編がされてるわね」あずさは事の深刻さの奥に、深い執念のようなものを感じ始めていた。
「ジャンヌよりも、このバルス・テイトを探っていく方がよさそうですが、なんせ強くて、しかも人望もあるときたら」
航海はバルス・テイトにあたるのは少し早いと暗にあずみに伝えていた。いま、バルス・テイトに感づかれたら、全てのシッポが消えてしまう、航海も龍二も二人ともそんな気がしていた。
「じゃぁ、ジャンヌの内偵を進めようか?」
「いえ、ジャンヌよりも、ルイ・ドゥマゲッティを調査する方がいいと思います」
航海があずさに進言した。龍二は航海の方をチラッと見、同意の意思を示していた。
あずみが時計を気にしている。
「そのルイ・ドゥマなんとかは、何が怪しいの?」
「彼女は完全にNPCですが、この一連のゲームバランス破壊の道具として使われていると思います。これはガルフ、いえ、龍二も同じ意見です」
「はい、このネクロマンサー、ルイ・ドゥマゲッティがきっかけで、ゲームの世界で蘇生が当たり前のように行われました」
ゲーム内で解禁されていない、蘇生の儀・【エイム・リバウム】。そもそもベータ―・クローズド版では、蘇生ができるようになるとゲームチェックに支障をきたす。誰が死んで誰が生き残るかは基本的にシナリオが決めている。分岐がある場合もあるが、誰かの意思でNPCが生き返るということはできない。
しかも蘇生自体は、課金システム内で販売するスペシャルランクの魔法だ。あずみは、蘇生の儀【エイム・リバウム】がゲーム内コードで書き込まれていることに、頭を抱えた。上司への報告は必須だ。自分の中でもみ消すわけにもいかない。
「じゃぁ、相馬くんと古河くんは、そのルイってのを調査してみて。私は、魁さんにプログラムを誰かが書き換えていないか、訊いておく。あと部長にも報告しておく」
「はい、ありがとうございます」
航海と龍二は立ち上がってあずみに頭を下げた。自分たちの意見を訊いてくれるのはあずみぐらいだからだ。
「じゃぁがんばってね、リグレットとガルフ、だっけ」
「ハンドルネームで呼ばれるの恥ずかしいですね」
「航海、こうかい、後悔で、リグレットね。ガルフは龍になり損ねたのね、龍二くん。さ、もう行くわね」
あずみは足早に、会議室へと向かって行った。デバッグ課から定例の報告がある。課長としてのあずみの職責は重い。ゲームがリリースされる前に、デバッグは潰しておかなければならない。バグがあれば、パッチファイルを配信すればいいとプログラマーの一部は考えているようだが、ゲームは出だしが肝心。ここで躓くと、セールスにも影響する。それは魁も同じ意見だった。
あずみは過去の苦い思いを忘れられずにいた。五年目の頃、ハッカーたちによるプログラミング改編を。オンラインゲームも盛り上がりを見せるなか、遅れて参入した自社ゲームをなんとかプレイしてもらうために会社は多額の投資をした。だが結果は散々たるものだった。そのハッカーたちのプログラム改編に真っ向から戦ったのが、一介のゲーマーだった相馬航海と古河龍二だった。会社は彼らを社員として雇い入れ、デバッガーとして育てた。
「じゃぁ、行きますか、リグレット」
「あぁ、遅れるなよ、ガルフ」
航海と龍二はモニタールームに入り、専用ゴーグルを装着した。ハンドグローブ型のコントローラーを装着し、「ウッドバルド・オンライン・ワールド」にログインした。ネクロマンサー、ルイ・ドゥマゲッティを探すために。