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クワハリ/出内テツオ『ふつうの軽音部』鷹見項希という男子について

 各所で話題の漫画、クワハリ/出内テツオ『ふつうの軽音部』。

 本作は、ギター初心者の高校一年生・鳩野ちひろが、軽音楽部に入ってバンドを結成したり練習したり、ライブに出たりと奮闘する話である。

 今回の記事で注目したいのが、鳩野と同じく谷九高校軽音部一年生の鷹見項希だ。
 彼は第1話で鳩野がはじめてのギターを買う時に楽器店でたまたま居合わせており、後に部活でも再会することになる因縁の相手である。
 鷹見は軽音部一年生のなかでも突出してギターが上手く、イケメンで勉強もできるという、何不自由なく生きていそうに見える人間である。当然女の子からもモテる。そして彼の女性関係が部内の人間関係にも鳩野のバンド活動にも大きな影響をあたえることになる。彼は交際相手をすぐに乗り替える、いわゆる「遊んでいる」男子として周囲からは見られている。

※以下コミックス2巻までのネタバレ含みます

 そんな彼の別の側面を垣間見ることができるのが第19話「大海を知る」である。
 鷹見は同じバンドメンバーで彼女でもある藤井彩目と水族館でデートをするが、集中している様子はなく魚を見てもつまらなそうな顔をしている。何でも人より頭抜けて出来る彼にとって、人生は「ぬるいゲーム」のようなものなのかもしれない。
 だが彼には彼なりのモヤモヤと琴線があるのだと、その後ファミレスでの彩目とのやりとりのなかで伺い知ることができる。
 軽音部の幸山厘がプロを目指しているという話を聞いた(それは実は嘘なのだが、詳しくは本編をご覧ください)彼は、珍しく前のめりに反応し「幸山さんって大人しい子ってイメージしかなかったけど/かなりおもろい人やったんやなぁ」と嬉しそうに話す。
 しかし彩目は、彼女に(彼氏の興味を奪われたことに)反発するように、「今の時代ネットとかですごい才能持った同世代の奴とかいくらでも見れるんやしさ/そういうの見て自分は特別でもなんでもない普通の人間なんやって/もう高校生なんやからわかっとけよって話じゃない?」と何気なく言い放つ。
 彩目が他人に毒づくのはいつものことなのだが、彼にはこの言葉がことさら刺さったらしく、「……まあ/そうかもなあ……」と煮え切らない言葉で同意する。鷹見の手元は、くしゃくしゃになったストローの包装紙を弄んでいる。スマートで淀みないいつもの彼らしくない、うまく言葉で表現できないなにか、割り切れない思いがそこにあるということが読み取れる。
 その後鷹見は彩目をフるが、この時のやりとりで自分との断絶を感じてしまったことが決定打だったことは間違いがない。彩目の言葉の何が彼に決断をさせたのだろうか。
 彩目は、自分の能力をわきまえて、分不相応な夢をみないこと、それが賢さであると言っている。それを芯から肯定できない鷹見は、馬鹿げた夢でも追いかけてみたい、という願望を持っているのではないか。普段、余裕しゃくしゃくで他人を笑う側である彼の中にも、矛盾が存在する。
 そして彼は、誰にもその葛藤が理解されないと諦めているようだ。彩目に対して、違和感の本当の理由を伝えずにのらりくらりとした態度で別れようとしているところが彼の悩ましいところである。彼のなかにあるのは、「本当のおれを誰も知らない」というナルシズムであるように私には思える。

 鳩野ちひろは努力家で、華やかではないかもしれないが、人の心を動かす歌をうたうことができる。
 ボーカルなんてやりたくない、と最初は言っていた鳩野が、たまき先輩の新歓ライブをみて「こんなふうに外野がどう思うかとか全く気にせずに/好きなようにやれたらどんな気持ちになるんだろう…/私も…/やってみたい…!!」と思ったように、いつか鳩野が鷹見を揺さぶる時がくるはずである。その時鷹見が何を思うのか。
 自分の価値観が壊されるような感覚を味わってこその青春である。
 自らの可能性を試したいと思っていても、みっともないと思う気持ちのほうが勝ってしまうような、そういう凡庸な(ふつうの)高校生である男子が、その反骨精神でがむしゃらに歌う不思議なパワーを持つ女子と出会う時に何が起こるのか、今から楽しみである。

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